2008.07.04

脳内は別次元だ!

1110_075アナタのアタマの中はアナタの部屋の中と同じ!
ぐっちゃぐちゃ!!
整理も収拾もつかなくてぐっちゃぐっちゃのごっちゃごっちゃ!
そんなんだから忘れ物ばっかりなのよっ!


なんて言われたら、

「ハイ、すみません」とか言ってしまいそうだけど、


ちょっと待って。
私の頭の中って、私の家の中よりはマシかも。

散らかっていても、別に平気。
ただ単に散らかっているだけで、脳内はまた別次元!

アナタの散らかった部屋は乱雑なアナタの人生そのもの。
アナタの部屋の汚さはアナタの心の中の象徴!

なんて言われる筋合いはない。
今、たまたまお片づけの優先順位が低くなっているだけ。
そのうちきっと、いつかきっと片付けるのだから、ほっといて!


私の心の中は清浄だし
脳内のクラスタ化は十分。

私の身の回りの乱雑さは私の内面と何ら関係ない。
 
 
 

以上、おかたづけ&おそうじ苦手な人の屁理屈デシタ。

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2008.07.02

実は良心的だったユダヤの「高利貸し」

 中世ヨーロッパでは、ユダヤ人の職業は厳しく制限されたため、やむなく金融業などのキリスト教徒には禁じられていた職業に手を染める者が多かった。

 当時、金融業者は利子に関わらず「高利貸し」と呼ばれ蔑まれた。しかし、実際はユダヤ人から借りる場合の利子はかなり低かった。ユダヤ教徒の生活の規範である『タルムード』では、文字通りの高利貸しで暴利を得ることは禁じられており、信心深いユダヤ人たちは教えに背いてまで儲けようとはしなかったのだ。

 西欧では、王侯貴族相手の金貸しで華々しい成功をおさめた宮廷ユダヤ人への羨望から、キリスト教徒にも金融業が許可されることになるが、ユダヤ人たちが締め出された途端に利子が高騰し、教皇はキリスト教徒の文字通りの高利貸しを無慈悲だと非難した。貴族たちは宮廷ユダヤ人を呼び戻すよう王に請願したが、キリスト教徒の金融業者の周到な根回しにより退けられた。

 その後もユダヤ人たちは活躍の場を移しつつ『タルムード』の教えを守って金融業を続け、銀行・保険・証券など、現代に通じる金融システムを構築していった。大財閥に成長したロスチャイルド家は宮廷ユダヤ人の末裔である。

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2008.06.25

真夜中のジャメ・ヴュ

昼間は辿りつけたのに、何故だか帰り道で迷ってしまった。

来た道を辿って戻ればいいのに、
一度通った道のはずなのに、初めての道のような気がして、
本当に初めての道に迷い込んで途方に暮れてしまった。
時刻はもう真夜中、終電に間に合うだろうか・・・・・・?

そんな経験が貴方にもあるかも知れない。
自分の記憶力の悪さに愕然としたかも知れない。
でも、それが夜なら、愕然となんてしなくてもいい。

昼と夜ではたぶん、少しだけ次元がちがうのだ。
あなたの研ぎ澄まされた感性はそれを敏感に感じとり、
そして感覚が狂ってしまった。

それだけのことだから。
 
真夜中のジャメ・ヴュに陥ったら、
最寄のコンヴィニエンス・ストアで駅までの道を教えてもらおう。
 
 
デジャ・ヴュ [(フランス) déjà vu] =一度も経験したことのないことが、いつかどこかですでに経験したことであるかのように感じられること。既視感。
ジャメ・ヴュ [(フランス) jamais vu] =すでに体験していることを未経験だと思うこと。デジャ・ヴュの対概念。
※大辞林 第二版より


   

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2008.06.23

火葬場のデジャ・ヴュ

火葬場へ行く度に、前にも来たことあるような・・・
と思ってしまいます。

前世で焼かれたときの記憶?
いえいえ、たぶんちがうでしょう。

火葬場のファサードのデザインにはさほどヴァリエーションがないので、
いつも前に訪れたことのある別の火葬場にそっくりなのです。

ただそれだけのことです。
前世で火葬されたときの記憶・・・なんかじゃありません。

たぶん。

  

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2008.06.09

健全なる妄想のススメ、あるいはバートリ・エルジェーベト

言わなければわからない。
貴方が何を考えていようと、言わなければ誰にもわからない。

貴方の脳は貴方のもの。絶対不可侵の貴方のテリトリーの中で、貴方は完全に自由だ。

想像力をうんとはたらかせればいい。どんなに邪悪で変態な妄想をめぐらせようと、言わなければ、誰にもわからない。たとえそれで変なオーラが発生しても、勘のいい人に見透かされても、言わなければいい。

たとえ言ってしまったり、書いてしまったりしても、実行しなければいい。実行してしまったら、それこそ本当の変態。いや、犯罪者にもなり得る。狂人として後世まで語り継がれることになる。

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たとえば、バートリ・エルジェーベト(1560-1614)。650人の美少女の生血をすすり惨殺した希代の殺人鬼。ハンガリーの名家、そして近親結婚を繰り返し、狂気と残忍で知られる呪われた一族、バートリ家の姫。彼女は脳内で妄想を昇華させることができなかった。処女の血を浴びると美しくなるという妄想を妄想だけで終わらせることができなかった。そして、自らの欲望を実現することが可能な権力をもっていた。

かくして彼女は実行した。泣き叫ぶ少女たちを鞭打ち、生皮を切り裂き、性器や指を切断し、スパイクのついた球形の檻に入れ血を流すのを見て楽しみ、腕や乳房や顔に噛みついて生肉を食べた。650人とは彼女の自白による数字で、実際はもっと少なかったといわれるが、農奴の娘に飽き足らず、貴族の令嬢にまで手を出した。

流血の伯爵夫人。吸血鬼。性癖異常者。多淫者。黒魔術者。汚名にまみれ、歴史に名を残すことになった彼女だが、告発され、有罪となった後、妄想のみに耽る静かな余生が遺されていた。身分の高さゆえ、死刑を免れ、居城の寝室に幽閉され、死亡が確認されるまでの3年間、彼女はどうやって過ごしたか? 反省もしたかもしれないが、妄想に明け暮れていたに違いない。

想像力の欠如は狂気である。妄想力の未熟は犯罪である。貴方が社会に適応して健全に生きていくには妄想力を磨いていかなければならない。


※参考:Wikipedia

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2008.06.03

マニエリスム&バロック庭園奇譚

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 ヨーロッパの中世は暗黒時代ではなかったが、多くの文化が修道院の塀の内に匿われたまま育てられた。庭園文化はその最たるもので、中世前半期には可憐な百合も芳しい薔薇もただ聖母マリアのために修道院や教会の高い塀で囲まれた庭にのみ植えられた。

 ルネッサンスの到来は古代ギリシャ/ローマの庭園の美を再び花開かせた。イタリア式ルネッサンス庭園の均衡美はしかし、次第に荒唐無稽で虚無的なマニエリスムや、幻想性や躍動感にあふれるバロックの様式に変容した。この時代、グロテスクの語源となる「グロッタ」と呼ばれる洞窟を備えた珍奇な庭園がヨーロッパ各地につくられた。

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 マッジョーレ湖の島庭園イゾラ・ベッラは、誰が見ても空中庭園を連想する姿で浮かび、神々の像や帆立貝から水が噴き出す幻想的な水劇場を備えている。楽園ならぬ地獄の庭と呼ばれるボマルツォは、人食いの大口から入るグロッタや、蛇女、鳥女、三頭犬、巨大で残虐なヘラクレスなどの怪物、怪人の像が立ち並ぶ奇怪な庭園である。東方庭園の伝統を引く噴水は、奇抜な水仕掛けに変貌し、百噴水や水オルガン、10個以上の乳房から水が吹き出るアルテミス像などを備えたエステ荘などの水庭園も数多くつくられた。

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 ルイ14世の財政相フーケがル・ノートルにつくらせたヴォー・ル・ヴィコント城の庭園は、マニエリスム的キワモノ庭園とは一線を画するが、計算され尽したバロック的仕掛けに満ちていた。フーケはルイ14世を招き、無数の花火を打ち上げる火のショーや、無数の噴水が繰り広げるアクロバティックな水のショーなど、スペクタルに満ちた饗宴を催した。ラシーヌやモリエール名戯曲やラモーの名曲が演じられ、天才料理人ヴァテールの料理がふるまわれた、この総合芸術プロジェクトは大成功だった。ところが皮肉にも、あまりの出来のよさが悲劇を招いてしまった。王の凄まじい嫉妬を買ったフーケは終身刑となり、幽閉の身のまま生涯を閉じるという運命を辿ったのである。

800pxvesailles_the_garden_2 フーケの怨念が直接、王を没落させることはなかったが、ヴォー・ル・ヴィコントを羨んでルイ14世が完成させたヴェルサイユに築いた宮殿とその庭園は国庫を疲弊させ、フランス革命の遠因ともなった。


●参考文献
「庭園の世界史 地上の楽園の3000年」(ジャック・ブノア=メシャン/河野鶴代・横山正訳/講談社)
「ヨーロッパ庭園物語」(ガブリエーレ・ヴァン・ズイレン/小林章夫訳/創元社)
「ヨーロッパ100の庭園」(巌谷國士/平凡社))
「世界の七不思議」(ジョン&エリザベス・ローマー/安原和見訳/河出書房新社)
「図説英国庭園物語」(小林章夫/河出書房新社)
「庭園 機械仕掛のワンダーランド」(SD編集部編/鹿島出版会)

※画像はWikipediaより
 
 
※庭園文化史についてもっと詳しく知りたい方は『古代文明ビジュアルファイル』第69号【2008年6月3日発売】をどうぞ。現代への遺産「地上の楽園を求めて 空中庭園と庭園文化史」で空中庭園に始まる庭園の歴史を概説しています。上から写したイゾラ・ベッラ全景は一見の価値あり。

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2008.06.02

フランチェスコの泉 Part2.ユージュ

沖縄本島北部の山間部にあるカトリック系の全寮制/中高一貫制の男子校「聖フランチェスコ学院」で繰り広げられる少年たちの青春。Part.1は、優等生の生徒会長ナオ君のお話でした。Part2はファザコンで寂しがりやのユージュくんのお話、テーマは「おとなのADHD」です。

※テーマとあまり関係なく、性描写が含まれる場合があります。また、同性愛的シーンも恐らく出てくると思いますので、苦手な方は読まないで下さい。
 
 
 
 
第1章 医務室にて

「ばっかじゃないの?」 と、瑠璃矢は言った。

 平手打ちをくらった頬が痛くて、悠樹は何も言えなかった。華奢な瑠璃矢にこんなに力があるとは思わなかった。

「誰にでも応じると思ったら大間違いさ。キミみたいのはね、趣味じゃないんだ」

 瑠璃矢は恐るべき手際良さで制服を着こむと、ベッドの掛布をくしゃくしゃにしたまま、医務室を出て行った。

「クッ、クッ、クッ……」

 隣のベッドから笑い声が聞こえたかと思うと、李が突然起き上がり、ベッドを仕切るカーテンを開けた。今度は腹をかかえて大笑いしている。

「ま、まさかお前が、こんな、こんな……」

 李は豪快に笑い続けた。そして、瑠璃矢の口調をまねて、

「ばっかじゃないの?」と言った。

 瑠璃矢は医務室のベッドで休むとき、いつも全裸になる。夏休みが近づくと、仮病をつかって午後の授業をサボり、冷房の効いた医務室に篭っていることが多くなる。本当に具合が悪くて医務室で休養に来た者が、あられもない姿で眠る瑠璃矢、いや、寝たふりをする瑠璃矢を目にしてぎょっとすることも度々だ。

 瑠璃矢は怠惰で性悪だが、美しい。客観的事実として、美しい。身体のパーツ一つ一つが、造形的に色彩的に申し分ないほど美しい。それがまた完璧な調和をもって組み合わせられ、絵画のような、というより精巧なガラスの彫刻のような芸術作品として完成している。一種人工的で、どこか嘘っぽいまでに美しい。瑠璃矢はそういった類の美少年だった。

 瑠璃矢が狂っていることは、瑠璃矢が美しいということと同等に、誰の目にも明らかだ。実際、医務室のベッドでも、露出狂の発作ばかりか、色情狂の発作も起こし、隣のベッドに休みに来た体調の悪い者に抱きついてくることもあった。

 しかし、今日の瑠璃矢はまともだった。悠樹がベッドに入り込んできたら、いきなり平手打ちを喰らわしたのだから。しかし、悠樹には、どんな反応をされようとどうでもよかった。仕切りのカーテンをわざと少し開けておいた。隣のベッドにいた李が隙間から全て目撃したにちがいない。それが重要だった。

 頬の痛みが少しおさまり、李の笑いも大方おさまると、悠樹はハッと我にかえった。服を着ようとしたが、下着が見つからない、それも、ブリーフが。

「脱いだのかよ? 全部。ほんとにバカだな、お前って。瑠璃矢が本当にその気になってたらどうしてたんだよ?」

 上はネクタイまで締めたが、下が見つからないので、ベッドから出ることができない。

(つづく)

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書き急げ! 時間がない! ほんとに時間がない・・・

また誕生日を迎えてしまった。算数は苦手なので、自分の実年齢を減法で算出することができないのだが、どうやら一つトシが加算されてしまったらしい。

脚が悪くなった。というか、生まれつき悪かったということが判明した。臼蓋形成不全から変形性股関節症に進み、回転骨切手術を今のうちに受けておかなければ将来的に人工股関節を入れることになる可能性が高いらしい。

なので、

書き急げ! 時間がない! 

そろそろ埋もれていないで明るいところに出なければ、ほんとうに時間がない。実は癌かもしれないし、余命○ケ月の病気をもっているかもしれない。明るいところに出る方法は、裏ワザではなく、正攻法、表の表でいくことにして・・・・

とりあえず、書き急げ!

ということで、書きかけの小説、そのうち出版するかも。投稿するかもと思いつつ出し惜しみするのはやめて、ここにアップすることにします。突然、少年愛ものや18禁シーンありの小説がアップされていても気にしないで下さい。ああ、書き急いでるなーという目で見てやってくださいね。

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2008.05.31

Happy Birthday to Me!

5月31日は私のお誕生日です。

お誕生日プレゼントに、著書CDコンサートのチケットを買ってください。


著書
『むちゃなぼくと白いハト』
11_16_41_1
遠野阿璃子著/ハマジョ絵 山洋社刊 ISBN:9784915594199
¥800(消費税サービス)の振込用紙(郵便局、手数料当方負担)を同封します(銀行振込可)。もちろん、著者サイン入。
読者のご感想
 
 
 
 

CD
声ものがたり クラシックシリーズ13 小公女/青い鳥
Img
朗読:角野卓造 『青い鳥』再話:遠野阿璃子
レーベル: ハムカンパニー  収録時間: 61 分  ASIN: B000JBWXKU
朗読&音楽CDです。
↓こちらからお申し込みください。
[Amazon]
またはメールで送り先をお伝えくだされば私がAmazonで手配します。
※当方アフィリエイト収入のみ


コンサート
[Mozart Opera Gala Concert2008 ~煌びやかなモ-ツァルトの調べ~]
2008年6月15日(日) 12:30開場 13:00開演 ¥2,500
音楽企画Primo Musica主催 
横浜市神奈川区民センター かなっくホ-ル
※五大オペラの名曲が楽しめる贅沢な企画!
私は『魔笛』第2幕 夜の女王のアリアを歌います。
※送り先をメッセージでお伝えください。振込先(三井住友銀行)をお伝えのうえ、送料無料でチケットをお送りします。感謝の気持ちとして上記著書をさしあげます。

毎年恒例の~という感じですが(なんか哀れっぽい?)。年に一度のおねだり~ということでお許しください。


ついでに・・・『古代文明ビジュアルファイル』もよろしく!
第69号【6月3日発売】では、◇現代への遺産 「地上の楽園を求めて 空中庭園と庭園文化史」を執筆。


Yukadress20071018

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2008.05.30

薔薇の季節に、ルドゥーテ

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5月は薔薇の季節。
存分に薔薇を堪能しましたか?

5月はもうじきもうじき終わってしまうけれど、
各地で薔薇祭や薔薇に因んだイヴェントを開催中。


渋谷Bunkamuraでは、薔薇マニア必見!の展覧会が催されています。

 「薔薇空間」
 宮廷画家ルドゥーテとバラに魅せられた人々
  2008年5月17日(土)-6月15日(日) 開催期間中無休
 10:00-19:00(入館は18:30まで)
 毎週金・土曜日21:00まで(入館は20:30まで)
 会 場 :Bunkamuraザ・ミュージアム


フランスの宮廷画家ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ(1759- 1840年)は、ナポレオン妃ジョゼフィーヌのために花を描いた、植物画家の草分け的存在。彼がジョゼフィーヌのためにマルメゾン宮殿の薔薇コレクションを描いた『バラ図譜』のフォリオ判全169作品を中心に、薔薇に魅せられた植物画家たちの作品を展示。パフューマリー・ケミスト蓬田勝之氏による香りの演出も魅力的。

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「香り以外は全てを描いた」といわれるルドゥーテの薔薇の絵ですが、演出を加えるまでもなく、香りまでが漂ってくるような錯覚を覚えるほど、リアル。写実的な精巧さ、現実感はもちろん、それぞれの薔薇のもつ魅惑の本質までも伝わってくるような迫力があります。それでいて、優雅。囚われの身の王妃マリー・アントワネットもルドゥーテを牢獄に呼び寄せて花を描かせたそうですが、ロココの残り香たっぷりの気品ある画風は薔薇を描くのにぴったりです。

薔薇大好き!そして「薔薇の歴史」を執筆中の私は、早速初日5月17日に行ってまいりました。絵を眺めるだけ、香りも漂うその空間にいるだけで至福のときを味わえるのですが、鑑賞者の皆さまがまた、薔薇のように美しい方ばかりで、展覧会の薔薇な雰囲気を盛り上げていました。薔薇な装いの方も多かったのですが、それもそのはず。「薔薇アイテムを身につけてご来館の方は入館料を100円割引きいたします」とのこと。私が着てたチュニックの柄にも薔薇?な花があったように思うのですが、申告するのを忘れていました。

楽しみは展示だけではなく、併設のショップも薔薇グッズ満載で、ショッピングも楽しめます。Bunkamura内のカフェ・ドゥ・マゴには今が盛りの薔薇が咲きローズガーデンがつくられ、薔薇に囲まれたテラスで薔薇メニューを愉しむこともできるとか。

会期は6月15日まで。この季節、薔薇を満喫したい方はぜひ、ルドゥーテの薔薇もご堪能ください。

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2008.05.16

「ウルビーノのヴィーナス」はエロくない

Venus
国立西洋美術館で
「ヴィーナス展」
開催されています。

会期は残りわずか! 
まだの方はお急ぎください。


  ウフィツィ美術館の至宝 ウルビーノのヴィーナス
  古代からルネサンス、美の女神の系譜
  5月18日(日)まで 9:30〜17:30(金曜日は20:00まで)
  東京都台東区上野公園7ー7 国立西洋美術館

ウルビーノのヴィーナスさんといえば、元祖グラマラス系女神ともいわれる方なので、首都圏一円にポスターやフライヤー(チラシ)が出回ったら風紀上良くない? いえいえ、そんなことはありません。

首都圏の至るところにフライヤーが置かれていますが、教育委員会から苦情が出たという話は聞きませんし、会場前の等身大?のパネルの前で一緒に写真を撮る人も見かけます。ヴィーナスさんがあられもない裸体をさらしているのに、目のやり場がなくて困っている様子の人なんて一人もいません。

そう、この絵はいわれているほど、エロくないのです。ハッキリ言って、私の方が胸大きい!と、思っている方も多いはず。当時の美意識ではバストは小さい方が美人だったので、現代のセクシーな芸能人さんを見慣れている方には、むしろ清純に見えるのかも知れません。もちろん、エロティックな魅力にかけては、現代の巨乳美人にも負けませんが。

ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」は、似た構図ながら全く非なるジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」と比べられることが多いようです。別の美術館に所蔵されているので、実際に並べられているわけではないのですが、ヴェネツィア派をまとめた画集等では、制作年が近いこともあり、並べられて比較され論じられることが多いようです。全裸ながら聖母マリアのように聖なる雰囲気を漂わせている「眠れるヴィーナス」の隣に置かれたら、どうしても「ウルビーノのヴィーナス」の方が俗っぽくエロく見えるというもの。

でも、比べてばかりいないで、たまには「ウルビーノのヴィーナス」だけに注目しなければ、彼女の本質を見誤ることにもなりかねません。この「ヴィーナス展」にはジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」は出品されていません。これは片手落ちとか徹底不足とかでなく、快挙!です。「ウルビーノのヴィーナス」を「眠れるヴィーナス」なき「ヴィーナス展」で観るのはとても意義あることのように思えるのです。主役を一人に限定したからこそ、彼女の本当の魅力を存分に観ることができるというもの。

「ヴィーナス展」では、他にもたくさんの「ヴィーナス」が展示されていますが、全ては「ウルビーノのヴィーナス」の引き立て役。彼女こそが究極のヴィーナス。美の到達点なのです。ぜひ、ご自分の目で、生身の彼女の美を堪能してください

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2008.05.11

華麗なるアラン人 (2)

ええっと、どこまで書いたんでしたっけ?→華麗なるアラン人 (1)

そうそう、「アラン人」。フン族とともにローマ帝国に雪崩れ込んで、古代末期から中世初期の激動のヨーロッパの、影の立役者となった人々。由緒正しいスキタイ系騎馬民族。移動範囲は広大で、コーカサス地方か、もっと東の中国西域をルーツとして、西はイベリア半島、南はアフリカ、そしておそらくユーラシア大陸極東にまで及ぶ。東西の文化交流に大きく貢献した。そんな人々。

多くは土着のヨーロッパ人と同化し、民族としては姿を消していったが、今でも、コーカサス地方に住むオセット人がその血を受け継いでいるといわれる。

アラン」は、現代でも、姓にも名にも大人気。この名は中世までは、「アラン人」の血が流れていることを示すものだったらしい。アラン人のヨーロッパ入り以前にはこの名は存在しなかったことが説得力ある根拠。現代に至ってはアラン=アラン人なのかは不明だが。、

「オセット人」といっても、会ったこともないし、馴染みは薄いのだが、実は日本で活躍している有名人もいる。例えば、こんな人達。

 若ノ鵬 寿則 (わかのほう としのり)
 所属部屋 : 間垣
 本名 : ガグロエフ・ソスラン・アレキサンドロヴィッチ  
 生年月日 : 昭和63年7月8日
 出身地 : ロシア・北オセチア・アラギル
 現在の番付:西前頭2枚目  最高位:東前頭2枚目
 得意技 : 右四つ・寄り  序二段優勝 : 1回

 露鵬 幸生 (ろほう ゆきお)
 所属部屋 : 大嶽
 本名 : ボラーゾフ・ソスラン・フェーリクソヴィッチ  
 生年月日 : 昭和55年3月9日
 現在の番付:前頭九枚目  最高位 :東小結
 出身地 : ロシア・北オセチア・ウラジカフカス
 序二段優勝 : 1回   序ノ口優勝 : 1回  敢闘賞 : 1回
 得意技 : 右四つ・寄り

 白露山 佑太(はくろざん ゆうた)
 所属部屋 : 北の湖
 本名 : ボラーゾフ・バトラズ・フェーリクソヴィッチ  
 生年月日 : 昭和57年2月6日
 出身地 : ロシア・北オセチア・ウラジカフカス
 現在の番付:東前頭十五枚目  最高位 :東前頭2枚目
 得意技 : 右四つ・寄り・投げ

 阿覧 欧虎(あらん はくとら)
 所属部屋 : 三保ヶ関
 出身地 : ロシア・北オセチア・ウラジカフカス
 現在の番付:幕下2枚目

かつて、その強さでローマ人やゲルマン人を魅了したアラン人の末裔に相応しく、強さを競う大相撲で活躍している。ソスラン、バトラズといえば、オセット人がアラン時代から口承で語り継いできた『ナルト叙事詩』の英雄の名。そして、そのものずばり、「アラン」の名も。本名もアランさんとのことだが、今もオセット人にはアラン人の末裔を意味するこの名が多いのだろうか。

アラン族の華麗なる歴史を振り返ってみると、大相撲に北オセチア・アラニア共和国出身の力士が最極東の島国、日本に存在することが感慨深く思える。流石に最強の騎馬民族アラン族の末裔!と褒めるのは大関以上に昇進してからにしたい気もするが、オセット人力士たちの活躍を見守っていきたい。


※番付は2008年5月現在
※参考:goo大相撲

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2008.05.05

エド・はるみの秘密?

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エド・はるみ」な記事を書くと、アクセス数莫大アップ!
はっきり言ってなんか悔しいけど、この際、人気にあやからせていただきましょ。

何を隠そう、エドちゃんと私は、OL時代に一緒にランチしてた仲。ノリの悪い変な女だった私のことなんか覚えてないだろうけど。私はテレビはあまり見ないので、同年代のOLサンたちの話題にはついてゆけなかったけど、エドちゃんのおしゃべりだけは面白かった! 毎日生でエド・はるみトークを聞けてたなんて、なんという贅沢!

そのとき聞いた話から、秘密を暴露してしまおうなんて、私はなんてイケナイんでしょ。しかも、ブログのアクセスアップだけのために。いえ、秘密といっても、二つくらいしか知らないんです。大したことじゃないし、本人も別に隠してないと思う。でも、当ブログのアクセスアップのために、一つ公開!


    エド・はるみの愛猫の名前は、 モモ  だった。


以上、エド・はるみの秘密でした。

たいへん失礼いたしました。でも、本当のことです。

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2008.04.30

パンが先? ケーキが先?

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「パンがないなら、ケーキを食べたらいいじゃない!」

と言ったのは、マリー・アントワネット。といわれています。実際はルイ14世妃マリー・テレーズだったという説もありますが、ウィーンでは、パンともケーキともつかないパン・ケーキを食事で食べる習慣があったので、ほんとうにマリー・アントワネットが言ったのだとしても、悪気はなかったのだと思います。

悪気もなく言った言葉で、または他人が言った言葉を自分のせいにされて、革命に火がついてしまったとは恐ろしいことですが、「パンか、ケーキか?」というのはとても微妙な問題。そもそも、人類が先に口にしたのはパン? それとも、ケーキが先?

わかっているのは、パンよりも、ケーキよりも、「お粥」が先だったということ。教養ある王妃なら、「パンがないなら、お粥を食べたらいいじゃない!」と言ったことでしょう。そして、こう言ったとしてもやっぱり、自分たちはパンを食べてるくせに、貧民には粥をすすれとはけしからん!と、非難されたにちがいありません。

Panpan小麦粉をこねて焼くパンやケーキは、小麦の食べ方としては、進化した形態。小麦はとりあえず加熱したら食べられるので、煮て食べるのが原初の食べ方だったそうです。小麦が栽培化されて、農業生産が安定した頃には、「お粥」が主食になっていたとのことです。

ある日の炎天下、お行儀の悪い人がお粥を食べこぼしてしまいました。石の上にこぼれたお粥が太陽の光でパリパリに焼かれて、美味しそうだから食べてみました。・・・美味しい! このシンプルなガレットがパンの起源ともケーキの起源ともいわれています。

パンとケーキ、どっちが先? を考える前に、まず、パンとは? ケーキとは? ということをはっきりさせておきましょう。主食として生きるために食べるのがパン、間食やデザートとして楽しむために食べるのがケーキ。そう仮定したら、軍配はパンに上がりそうです。でも、お粥を主食にしていた期間、この小麦粉の薄焼きはパリパリに食感を楽しむためのお菓子、つまりケーキだったかもしれません。実際、お粥好きの古代ローマの人たちは、パンよりもケーキを先に食べていたようです。

Cake発酵させたのがパン、甘くしたのがケーキ。こう仮定して、発酵酵素を入れて焼いたのと、蜂蜜を混ぜて焼いたのとどちらが早かったのか突き止めれば、どちらが先か決着がつきそうです。でも、二人の考古学者さんに直接質問したところ、現段階の研究でははっきりしないらしいのです。発酵させる技術が確立したのは古代ギリシャだったともいわれ、対して蜂蜜が小麦以前にも存在して利用されていたことは確かなので、ケーキの方にむしろ分があるかも知れません。

そんなわけで、「パンが先? それともケーキ?」という謎はまだ謎のまま。謎のままにしておいた方がパンもケーキも美味しく食べられるような気がします。ちなみに、私は朝食に限り、パンがなければケーキを食べることにしています。


●参考文献
「お菓子の歴史」(マグロンヌ・トゥーサン=サマ/吉田春美訳/河出書房新社)
「名前が語るお菓子の歴史」(ニナ・バルビエ、エマニュエル・ペレ/北代美和子訳/白水社)
「パン」(レーモン・カルヴァル/山本直文訳/文庫クセジュ)
「コムギの食文化を知る事典」(岡田哲/東京堂出版)
「世界たべもの起源事典」(岡田哲/東京堂出版)
「食の文化を知る事典」(岡田哲/東京堂出版)
「たべもの超古代史」(永山久男/河出文庫)
「世界の食材探検術」(吉村作治/集英社)

パンについては、
【古代文明ビジュアルファイル34号】「歴史を育む大地の恵み パン食文化8000年の歴史」
※既刊(2007年9月25日発行)
ケーキについては、
【古代文明ビジュアルファイル64号】「甘美なる誘惑 パティスリーの歴史」(2008年4月28日発行)

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2008.04.19

華麗なるアラン人

 ヨーロッパが古代から中世へと移行する激動の時代、様々な民族が入り乱れて乱闘を繰り広げた。この激動の時代を語るのに、滅びゆくローマ人、勝ち残るゲルマン人、悪役フン族に役者をしぼった方がシンプルでわかりやすいともいえる。しかし、もう少し掘り下げて、教科書に出てこない脇役にも注目してみると、もっと歴史が面白くなる。

 いかに帝国が衰退していたはいえ、武装難民に過ぎなかったゲルマン人だけの力でローマに勝利し、中世の基本を築き上げるのは無理だったかも知れない。しかし、彼らには強力な同盟者アラン人がいた。最古の騎馬民族スキタイ系の流れを汲むアラン人は、騎馬遊牧民族特有の派手で濃厚な文化をもっていた。彼らの騎馬軍団はゲルマン人の難民集団と比べてはるかに統制がとれ、洗練されていた。アラン人の成人男子は全員が熟練した騎馬戦士で、幼い頃から乗馬に慣れ騎馬戦法に長じていた。同盟したゲルマン人のブレーンとして戦術を指南したにちがいない。

 アラン人はいつも自分たちの能力を最も高く評価してくれる者を見極め、味方についた。フン族に国を奪われ服属し、フン族に便乗してヨーロッパに流れ込んだが、彼らが加わることで、フン族連合軍はより強力になったといえるだろう。ヨーロッパにやって来たアラン人はやがて分派し、フン族連合軍から離脱し単独でゲルマン人を襲った集団もあった。ローマ帝国もまた、アラン人の能力を見ぬいており、皇帝自らアラン人の民族衣装を着て懐柔にかかったという。当時の最強の戦力は騎兵部隊であり、騎馬戦術に長けたアラン人をいかに味方につけるかが勝敗の鍵になったといえるだろう。

 分派したアラン人は、おそらく各派の直感となりゆきでゲルマン、ローマ、フンのいずれかについた。ゲルマン人たちは最初はアリウス派などのキリスト教を信仰し異端とみなされた後カトリックに改宗したが、アラン人は最初からカトリック派を信仰したので、改宗する必要もなかった。アラン人は騎馬遊牧民特有の要領の良さと適応力の高さで激動の時代を生きぬいていった。やがて、勝利をおさめたゲルマン人は新国家でもアラン人を重用し、中世初期の混乱期を乗り切った。

 アラン人は旧ガリアの貴族となり、ゲルマン人とともに勝者となって、管轄の土地を統治した。やがて、馬車での移動遊牧生活をやめてその地に定住し、地元民と結婚し、土地の文化に同化する道を選んだ。そのうち本当にすっかり同化してしまい、民族としては消滅していった。

 しかし、全世界のアラン人が滅亡したわけではない。実は彼らの一派は現代まで生き延びているのだ。フン族から追われた後、カフカス山脈へ逃げ込んだ人々は、アラニアを再興し、その後、ユダヤ教のハザール王国に支配されたり、蒙古に滅ぼされたり、ロシアに組み込まれたりと苦難の道を辿りながらも、現在、北オセチア・アラニア共和国というロシア連邦内の国家を築いている。

 オセット人と呼ばれている彼らの人口は約50万人だが、イラン系の言語を保存し、民俗学的に非常に興味深い英雄叙事詩『ナルト叙事詩』をもっている。バトラズ、ソスランという二人の英雄を中心に展開するこの叙事詩は、世界の様々な神話と類似性があるとわれる。アラン人が数多く定着したブルターニュ地方は「アーサー王伝説」の源流の一つでもあるともいわれるが、中世騎士道のお手本となったこの伝説は『ナルト叙事詩』との共通点が多く、作家や詩人のパトロンとなったのがアラン系貴族であった可能性が高いといわれる。『ナルト叙事詩』の系譜をたどると、日本神話にも関わりがみられ、アラン人はヨーロッパから極東まで実に広い範囲を移動して文化を伝播したことがわかる。(つづく)

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2008.04.07

『ちりとてちん』終わっちゃった

『ちりとてちん』おもしろかった。でも、あの結末はハッキリ言ってキライだ。と言うのは、私の未熟さを露呈するようなものだが、さんざん楽しませてくれたけど、あの終わり方はやっぱりキライ。良い悪いの問題ではなくて、好き嫌いの問題で、やっぱりキライ。ああいうの、キライ。

落語家を目指してがんばってきた喜代美ちゃん。しかし、妊娠した彼女が選んだ道は「おかあちゃん」になること。実の子だけではなく落語家みんなのおかあちゃんになること。それはそれで立派だし、朝ドラの結末としてはむしろ新鮮。今まで一生懸命がんばってきたからこそ選べた道。

でも、やっぱり、私は嫌い。子供を育てながら落語家を続けてほしかった。おかみさんもお母さんも落語家もこなしてほしかった。彼女なら、それだけのキャパシティのある人に成長していけるはず。不器用な彼女だからこれから大変だろうけど、また毎日格闘しながらがんばっていくんだろうな・・・というエンディングにしてほしかった。分娩室で幸せそうに微笑むヒロイン。なんて今までの朝ドラに一度もなかったような、古風な終わり方は、やっぱり「私は」嫌いだ。

あのままで終わって欲しくないような不満足感はしかし、続編!の期待そのもの。ぜひ『ちゅらさん』のように、続編をつくってほしい。突然子供を育てることになった四草さんの話とか、A子と小草若さんのラヴ・ストーリーとか、やっぱり周りがほっといてくれなくて落語家に復帰する喜代美ちゃんの話とか、続けてくれなければ気持ち悪い。

この不満足感を計算して、続編を想定して、あんな結末にしたわけではないだろうが、続けてくれないと、何とも後味悪い。『ちりとてちん』は、最近の朝ドラの中では、なかなかの秀作だったと思う。貫地谷しほりちゃん扮するヒロイン喜代美をはじめ、登場人物も魅力的だし、ストーリーも面白く、せりふも味があり、テンポもいい、素敵なドラマだった。だからこそ、この後味の悪さを何とかしてほしい。と思うのは、私だけだろうか?


NHKの「朝ドラ」、もう新シリーズが始まっているのに、今さら前シリーズの感想なんて、出遅れすぎ。しかし、言いたいことは言っておかないと気持ち悪いので。

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2008.03.29

KYのすすめ

「KY=空気読めない人」でも、いいんじゃない?

空気の読みすぎは禁物です。

卒業後、小学生が飛び降り自殺“死んでおわび”…
男子児童(12)が卒業式を終えてマンションから飛び降り自殺。少年の家の居間には「死んでおわびする」という趣旨の遺書が。 卒業式の門出の言葉で「大好きな学校」というところを「大嫌いな学校」と発言した。校長が理由を問い正したところ「緊張して言い間違えた」と答えたという。
[中央日報]より要約
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=98003&servcode=A00§code=A00


特に問題はなく成績も良かったという少年。
気持ちはわかる。よくわかるよ。言ってしまったあとのまわりのザワツキ。突き刺さるような空気。どうしよう? どうしよう? という死にたい気持ち。体育館でも、校長室でも、家でも、本当に凄い空気に取り巻かれていたのでしょう。空気が読める繊細な少年だったのでしょう。読みたくなくても読めてしまう。被害妄想的に何万倍にも濃縮して読んでしまう・・・・・・。

でも、もう少しだけ待つことができたら、空気を読める君だから、空気は所詮、空気に過ぎないことがわかったかも知れない。言っちゃった直後は、そりゃあ強烈だけど、空気は所詮空気だから、フッと流れて消えてゆくもの。笑い話に変わるんだよ。

こういうとき、「KY=空気読めない人」が「えっ?聞いてなかった。そんなこと言ったの?わかんなかった」とか「チョーうけるよ、ハハハハハ」とか「俺も言いたかったけど勇気がなくて言えなかった。お前、すごいな」なんて言ってくれたらそれだけで、彼を取り巻いていた死にたくたるほどの空気が解けたかも知れない。

空気なんて読まなくてもいい。本質はいつも別のところにある。空気読める人ばっかりだったら、進歩はなかった。裸の王様は裸だ。私は救世主である。地球球体説。進化論。ヴィザを発行する。戦争反対・・・・・・勉強不足で思いつかないけど、他にも色々あるはず。空気読めてても、空気が空気でしかないことを知っている人、空気なんてどうでもいい人、本当に空気読めない人こそが、新しいものを創ってゆくこともある。世の中そのものが間違ってるときにも、正義を貫くこともできる。実際、空気なんて気にしない破天荒な人が新しい風を吹かせたことの方が多いようにも思えます。そう、空気なんて読まなくてもいいんです。


純粋な少年を殺した「空気」。
こんな事件が二度と起こらないように、空気の深読みはやめましょう。空気がどんより濃くなってきたら、あえて吹き飛ばしてしまいましょう。

ご冥福をお祈りいたします。

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2008.03.27

アヤシイ??? 花粉症の女

Yuka200803yokohamamegane
 重度花粉症女のお出かけスタイル。

 サングラスにしたら、いかにも犯罪者?風になってしまうから、というより、より高いガード力が必要なので、花粉ガード専用グラスをコンビニで買って着用。

 同じようなお顔の人、街にいっぱいだから、特にアヤシイわけでも、後ろめたいわけでもないけど、やっぱりはっきり言ってかっこわるいと思う。
 
 
Venezia
 ド派手でもいいから、かっこいい花粉ガード用グラス&マスクが流行らないかな?と思う。

 ヴェネツィア風とか? 仮面舞踏会風とか? 誰かデザインして~~~!!!


PR:相原聰建築設計事務所


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2008.03.22

紫煙は名優 

 シェークスピアの時代にはタバコが大流行したが、彼の作品にタバコは登場しない。シェークスピア自身は愛煙家であり、一世風靡した愛煙ダンディー=ウォルター・ローリー卿とも親しかった。エリザベス女王時代は喫煙シーンもあったが、嫌煙王ジェームズ1世の治世に変わると総カットしてしまったともいわれる。魅力的な小道具、そして時には名脇役ともなるタバコをカットしてしまったとはもったいない話でもある。

200pxhumphrey_bogart_by_karsh_28lib タバコは舞台や映画で独特の演出効果を発揮している。日本の歌舞伎では、「弁天小僧菊之助」の喫煙シーン等が有名だが、舞台の上にくゆる紫煙や、キセルをもつ役者の艶かしい仕草が、えもいわれぬ美を醸し出していた。メリメの小説『カルメン』は、オペラや演劇、映画でも人気の高い作品であるが、当時の自由な女を象徴するシガレットの煙が彼女の魅力を引き立てた。セピア色の映画で、ハンフリー・ボガードやマレーネ・ディートリッヒ等、影のある男や謎めいた美女とともに紫煙が演じた名演技を目にした人も多いことだろう。


タバコについて、詳しくは↓コチラを書店でどうぞ!
第58号【2008年3月18日発売】 毒か? 薬か? 嗜好品タバコの歴史  ※足立夕佳=遠野阿璃子執筆


※私自身はタバコ吸いません。書くための参考までに吸ってみましたが、何かよくわからなかったです。

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2008.03.20

李延年 ~武帝に愛された美貌の宦官~

ローマの最大のカリスマにして帝国の創始者カエサルは「全ての女の夫にして全ての男の妻」と公言したといわれるが、実際、 「英雄色を好む」という通り、歴史に名を残す大王や皇帝には、実は同性愛的傾向もあったとか、バイセクシャルだったということが記録に残っている例が多い。美女だけでは飽き足らず、美男をも愛さずにはいられなかった。そして、それほどの精力、バイタリティの持ち主でなければ、成し遂げれないことを成し遂げた。

漢の武帝もそうだった。武帝の後宮には7~8000人もの后妃や妾がいたというが、男性の愛人「男寵」もいた。宦官が性愛の対象となることもあり、気に入った者があれば、夜の相手もさせた。

冷酷な君主である武帝は、才能のある者や功臣であっても、罪を犯せば容赦なく宮刑(去勢して宦官にする刑)に処した。漢のモーツァルト、と呼ばれているわけではないが、詩作も歌も名手だった音楽の天才、李延年もその1人だった。あるとき、李延年は美人の妹を武帝に売り込むため、詩をつくって自ら歌ってみせた。それが有名な「絶世傾国の歌」である。

  北方有佳人      北方に佳人有り
  絶世而獨立      絶世にして獨立す
  一顧傾人城      一顧すれば人の城を傾け
  再顧傾人國      再顧すれば人の國を傾く
  寧不知傾城與傾國  寧んぞ傾城と傾國とを知らざらんや
  佳人難再得      佳人は再びは得がたし

美女のことを「傾国」と呼ぶのはこの詩によるものらしい。 売り込みは大成功で、李延年の妹は武帝の夫人として召され、他の兄たちも要職を得て出世した。

ところで、武帝に愛されたのは李夫人だけではなかった。傾国と例えるのに相応しい美人だった李夫人の兄、李延年自身もまた絶世の美男だった。武帝は李夫人を慈しみ、男子をもうけつつ、同時に李延年をも寵愛し、夫婦のように起臥を共にしていた。

李夫人は不幸にして夭折してしまい、死に瀕して容色衰えた自分の顔を武帝に見せることを頑なに拒んだと伝えられる。醜くやつれた自分の顔を見せたら寵を失い、一族に災いが及ぶのを恐れたためといわれるが、実はそこまで心配する必要はなかった。彼女の死後も、武帝は美貌の兄、李延年を愛し続けたのだ。かつて色じかけで武帝に取り入り毎夜を共にしていた美貌の男寵、韓嫣と同様に。

しかし、武帝は美女や美男に熱中するあまり政治を省みず傾国を招くようバカ殿ではなかった。美女や美男を寵愛しその一族を優遇することもあったが、政治の方はしっかりやっていた。そして、愛するときには激しく愛するが、冷めると容赦なく、その愛は移ろいやすかった。愛人や夫人の一族とはいえ、失敗があった場合は容赦なく罷免し、寵が冷めると一族もろともあっさり切るということも多かった。

李夫人の身内ということもあり一世風靡した李兄弟はその後、奸計に関わったとみなされ、全員謀殺されてしまう。李延年はしかし、武帝の男寵としてではなく、音楽の天才として歴史に名を残している。教科書には出てこないが、彼が絶世の美男で武帝の欲望の対象として愛された宦官であったと知ると、また歴史が面白くなる。

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2008.03.19

「やおい」について

やおい」は山なし、落ちなし、意味なしの略。同性愛を扱ったライト・ノヴェルや漫画のことを言うらしい。ついでに言えば、そのようなサブ・カルチャーを好む女性を「腐女子」というらしい。

はっきり言って私はそのようなものが好きなので、実を言うと小学校高学年の頃から大好きだったので、キャリアな「腐女子」です。

「やおい」や「腐女子」は、愛好者が自嘲的に自称する呼び名らしいが、そこまで遜る必要ないんじゃない? と、思う。

同性愛の歴史は長いし、立派な文化だし、文学としても伝統は長い。ギリシャでは哲学的にも肯定されていたし、ローマでも国教が変わるまでは全くタブーではなく、ギリシャより享楽的に好まれていた。もっと古い古代オリエントでも、最古の叙事詩でギルガメシュとエンキドゥの悲恋がうたわれている。


少なくとも、同性愛の古代においてはそれほどタブーではなかった。宗教的事情ですっかりタブーになってしまったが、歴史をちゃんと勉強した人なら、このテーマの芸術や文化が決して卑下する類のものでないことは理解できるだろう。

近代や現代でも、少年愛を扱った文学作品には繊細な佳作が少なくない。嘘だと思うなら、福永武彦の『草の花』を読みましょう。

大体、「BL」というジャンル名も気に入らない。たくさんの作品を気軽に読めるのは結構なことだが、ことさら軽さを強調しなくてもいい。こうした大きな正統な流れを継ぐ文学だということを、書く人も、読む人も、傍観する人も、知識として知っておいてほしいと思う。

   

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2008.03.17

ナス科大集合!

Tomato
クイズです。トマト、ジャガイモ、タバコ、ナス
なじみの深いこれらの植物の共通点は?

答えは、「ナス科」。そう、すべて同じナス科カテゴリーの植物なのです。

一見、似てない! でも、花を見れば、納得。色はちがっても形はそっくり。

200pxkoeh018
トマト、ジャガイモ、タバコは中南米原産。ナスはインド原産。この中にヨーロッパ原産のものはありません。

ヨーロッパ原産のナス科植物といえば、ベラドンナマンドラゴラ。毒です。猛毒です。媚薬としても効くといわれていました。

特に、マンドラゴラは根っこの形がエロいので、中世では究極のエロ植物、背徳の植物でした。魔女が好む「悪魔の草」とも呼ばれていました。

このマンドラゴラに似ているということで、トマトはヨーロッパ伝播直後は毒草とみなされ、だぁれも食べようとはしませんでした。もったいない話です。

タバコは現代では百害あって一利なしともいわれるようですが、当初は薬草とみなされ、実はどちらかといえば毒?かも説が高まったのはほとんど現代のことです。トマトと反対ですね。

ナス科植物の辿った歴史は様々ですが、どれも何ともおもしろいのです。ナス科植物の歴史について、知りたい方は、私も書いてる『古代文明ビジュアルファイル』誌をどうぞ。最近、ナス科植物の記事が続出。楽しいことです。

第52号 【2008年2月5日発売】 トマトの数奇な旅路 毒草から健康野菜へ ※足立夕佳=遠野阿璃子執筆
第57号【2008年3月11日発売】 人々を救いつづける食の英雄 ジャガイモ
第58号【2008年3月18日発売】 毒か? 薬か? 嗜好品タバコの歴史  ※足立夕佳=遠野阿璃子執筆

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2008.03.05

「ジェリコの戦い」

ジェリコの戦い」という黒人霊歌がある。「Joshua fit the battle of Jericho, Jericho, Jericho....」のリフレイが勇壮ないかにもアメリカ的な歌のように聞こえるが、実はこの歌、『旧約聖書』の「ヨシュア記」に記されたイェリコ攻略を歌ったものである。エジプト脱出後、ユダヤ人たちはモーゼを継いだ指導者ヨシュアに率いられ、神が与えると約束した地カナンへ向かうが、イェリコの堅牢な城壁に阻まれる。しかし、神の奇跡により、鬨の声をあげラッパを吹き鳴らすと城壁は崩れ落ち、イェリコは陥落する。そして、「聖絶」の名目のもと、諜報員に協力した遊女ラハブの家族を除き、住民は全員虐殺される。

 「ヨシュア記」は先住民殺戮の描写があることから、『旧約聖書』の中でも現代の読者に受け入れ難く、説教などで取り上げられる機会も少ないといわれるが、実はこの物語は後世の創作である可能性が高い。キャサリン・M・ケニヨンの発掘調査の結果、紀元前1550年頃、エジプトのヒクソスに破壊された後、壁は再建されず、ヨシュアの時代はおろか、出エジプトよりも早い時期に消滅していたことが確認されたのだ。『旧約聖書』で強調された堅牢な壁のイメージも、イェリコが過大評価される一因となったようだが、迫力ある壁の存在が崩壊後も語り継がれ、当時においても実際以上に恐れられていたことは確かである。


↓「世界最古の街」として有名なイェリコについては、こちらをどうぞ!
『週刊古代文明ビジュアルファイル』56号 文明の芽生えた地 世界最古の街イェリコ

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2008.03.04

「夜の女王のアリア」のすすめ

Yorujo_2「夜の女王のアリア」は私の十八番なので、歌うのをみなさまにおすすめするわけではありません。私の出番がなくなっちゃいますので。

でも、こんなとき、ぜひこの曲を聴いてみてください。

町を歩くと、 お店に入ると、執拗に反復されるフレーズが流れてくることがあります。その店名や商品名、宗教思想、候補者前を覚えさせる、口ずさんでしまうほど覚えさせるという、実に効果的な宣伝方法。かんたんで覚えやすいメロディーと歌詞。覚えたくないけど、覚えちゃう。歌いたくなんかないけど、歌っちゃう・・・・・・。

そんな戦略にひっかかりたくはないもの。
こんなとき、「夜の女王のアリア」を聴いてみましょう。きっと、脳裏にリフレインされるその安っぽくもわかりやすい宣伝歌を消し去ってくれます。断ち切ってくれます。

伴奏者さんをご用意くだされば、私がいつでも「生」で聴かせてさしあげます。

  

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2008.02.26

江ノ島に行こう!

Tsubaki
花粉症に悩むあなた、花粉のない島に逃避したい!
・・・でしょう?

花粉のない島って案外かんたんに見つかるものですよ。
杉が多いのは山の方で、海の方に植えられるのは、杉ではなくて、なんです。
まずは、海の方に行ってみましょう。それだけでも、鼻の調子がよくなるかも。塩化ナトリウムを含んだ潮風は鼻を通す効果があるように思えます。

海岸の向こうに島が見えたら、渡ってみましょう。橋で渡れるような近くの島か、実は陸続きだけど島・・・なら、気軽に行けますよね。

さしあたり、関東地方(というかうちの近く)なら、江ノ島
橋を渡っていくうちに、鼻もどんどん通ってきて、上陸したらもう、杉はありません。エスカーを使って植物園まで行って、徒歩でおりてくるコースを確認しただけですが、たぶん、大丈夫でしょう。

Loncafe
この島では、マスクをはずして思い切り深呼吸しても大丈夫!
気合を入れて観賞しなければならないところは特にないので、参道やお宮の境内をブラブラ、のんびりと過ごすといいでしょう。花粉症の季節は、椿の真っ盛りだから、植物園もステキですよ。フレンチトーストの美味しいカフェもあります。SOHOの方は、平日に、ちょっとサボって足を伸ばしてみるのもいいかも。


そんなわけで、ある日の午後、江ノ島で過ごしてまいりました。陸続きらしいけど「島」なので、ちょっとしたリゾート気分も味わえるし、本土(?)よりちょっと時間がゆっくり流れるようなムードを味わえて幸せでした。

さて、自宅最寄駅で電車を降りたとたんにクシュンクシュンクシュン!
現実に戻ったときのショックも大きいのですが、江ノ島に行けば一時的にでも癒される!と知っているだけでも、この春を何とか乗り切れそうな気がしてきます。

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2008.02.19

多動児の多動を大目にみよう

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世の中、止めようとしても無理なことがあります。
無理なことに腹を立てたり、やめさせようとしてお説教したりしても時間の無駄というもの。

多動児の多動を大目にみる。
大人なるもの、それくらいの度量を持たなくては。と、思います。

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2008.02.12

花開くのがこわい

Nanohana
春が来るのが恐い。

いえ、別に、井上陽水の『ジエラシー』に似た状況に陥っているわけではありません。そもそも、あの歌では春ではなくて、「夏が来るのが恐い」でした。

春が来るのが恐い。花開くのが恐い。いえ、別に、心理的に深い意味はないから、分析なんてしないで。純粋にフィジカルな理由で、春が来るのが恐いんです。

花は好きだし、春も好きでした。寒いのは嫌いだから早く暖かくなればいいと思います。でも、春になると、発症してしまいますから。いえ、色恋とは無関係の、あれです。

くどくってごめんなさい。もうおわかりですよね? あれです。花粉症です。私、重度の花粉症なんです。

今年は幸い、まだ発症していません。杉の木の近くで鼻呼吸をしないように気をつけています。発症して、呼吸困難になったら、我慢しないでセレスタミンを飲むことにします。

Sazanka
花咲き初めるこの頃、深呼吸して、春の香りを堪能したいと思います。でも、花園の背景には、杉林が。杉の花ももう咲き初めているのだとしたら? せめて水仙を、梅を、最初に咲く花たちの香を嗅いでみようと思っても、やっぱり杉が。去年の冬から咲いている山茶花の花の横にも、やっぱり杉が。あああ、杉が……。

やっぱり春は引き籠もることにします。私をあえて連れ出すとしたら、花の絵がいっぱいの美術館かギャラリーへ。

春は花粉で引き籠もり、夏は紫外線で引き籠もり、冬は寒くて引き籠もり……。存分に出歩けるのは秋だけなんて。秋の花粉症が発症しないことを祈ります。

→つづきはコチラ

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2008.02.07

トマトをただ眺めて過ごしたかくも長き日々・・・

Tomato2_2
トマトは南米アンデス地方原産。

ヨーロッパに渡ってきたのは16世紀。はじめて持ち帰ったのはアステカ文明を滅ぼしたコルテスだったといわれています。

トマトが食用として浸透するのには長い年月がかかりました。あまりにも鮮やかな赤い色が当時の人々にはなんとも強烈でエロティックにみえたのです。現代の私たちから見れば健康の象徴のようなトマトですが、こわごわとした悪の魅力がぷんぷんと漂う背徳の植物だったようです。園芸マニアの人はこのエキゾティックな珍奇植物トマトに魅せられて、あるいはコレクションの一つに加えたくて、庭に植えました。貴族の庭園のあずまやを囲む垣根などにもよく植えられていたようです。トマトは長い間、ただ眺めるだけの観葉植物、そして装飾植物だったのです。

これは、ドイツの植物オタクの司教さまのカルトな花園「アイヒシュタットの庭園」に植えられていたトマトの銅版画。現代のトマトよりいもボコボコとしていて確かに装飾的ですね