2009.05.14

エド・はるみ人気にあやかれ!

Hanamasu熟女淑女のみなさん!

デビューするなら今です! 吉本じゃなくてもいいから、若者に混じって学校でお勉強するとか、年甲斐もなく楽しいことを始めちゃうなら、エド・はるみネタが古くならないうちにやっておくのが得策というもの。

デビューしたいけど、トシを明かしたくない・・・という方は、
年齢は、エド・はるみと同い年です。あっ、言っちゃった・・・・・・あの方、年齢不詳ということにしてるのに、私が自分のトシ言っちゃったら彼女の情報をもらすことになっちゃいますよね。だから、言えませーーん
とか、言っておけばよろしい。

エド・はるみに便乗して、芸能界じゃないくてもいいから、色々な分野に進出しちゃいましょうよ!

そして、エドちゃん(元職場仲間のよしみでなれなれしく呼びかけ)にお願い!
「おっぱい飲みたいの~?♪」
はそろそろ聞き慣れてきたし、「ババア」斬り返しのギャグ、他のヴァージョンも考えてよ!

「おっぱい~」は、吉本ではいいかも知れないけど、例えば、年甲斐もなく挑戦するとこがオペラ歌手養成所とかの場合、ちょっとミスマッチかな~? 自分で考えろって? それもそうだけど、貴女の新ヴァージョンを待ち望んでいる淑女のみなさんのためにも、是非ぜひお願い!

それと、その美貌と人気とパワーとオーラを太く永~くキープしてね! 貴女は不世出の熟女美女タレントだから。私が貴女の波に乗るにはもうちょっと時間がかかりそうだし、お願いね!

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2009.05.12

「不景気」は禁句!

Flowrs
言っても何のメリットもないことはあえて言わなくてもいい。

不吉な言葉、響きの美しくない言葉はあえて口にしない方がいい。例えば、「不景気」。なんという嫌な響きだろう。

不景気、フケイキと言うのはもうやめよう。口にする度に不景気が拡散して余計に不景気になる。不景気を呷って不景気ムードを盛り上げるのはやめよう。

言わなくてもわかってる! 景気がよろしくないなんて、わざわざ言わなくてもわかる。「100年に一度の~」なんて、後で振り返って統計をとってから言えばよいことで、わざわざ言う必要はない。

不景気~特集のTV番組をわざわざつくらなくてもいいし、見なければいい。

不景気を禁句にしたら、景気の回復も早まるのでは?

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2009.05.06

大仏通りに行こう!

Hasedera_2
ふと思いついて、電車で出かけるのが好き。そんな行き当たりばったりのアナタがキライだと言われることもあるけど、そんな私が私は好き。

先日も、午後2時頃、ふと思いついて江ノ電に乗り、鎌倉の大仏さまのところへ。あの陽当たりが良くて固くもあたたかそうな手に抱かれてお昼ねをしてみたい!と貴方も思うのでは? でも、許可されてないので妄想だけで我慢しましょう。

江ノ電の長谷駅を降りて、かの大仏さまがおわします高徳院に辿り着くまでの道がまた楽しい! 駅から高徳院までの参道「大仏通り」は、湘南情緒たっぷりのお洒落な通りなのです。アジアンな雑貨屋さんや、貝や珊瑚も使ったジュエリーのお店、ヴェネツィアン・グラスのお店や、骨董店、和菓子屋さんにソフトクリーム屋さん、メロンパン屋さん、それに素敵すぎるカフェやレストラン! 竹下通りや表参道にも負けないセンスの良さ。

高徳院で大仏さまを拝んでたっぷり妄想を楽しんだら、裏庭?で一休み。ここでかわいい野性の栗鼠(リス)くんに会うことができます。するすると木を登り、枝から枝へ身軽に飛び回る栗鼠くんたち。大仏通りの店先にもあらわれることも。

大仏さまとサヨナラしたら、せっかくだから長谷寺の弁天さま、大黒さま、お地蔵さま、阿弥陀さま、観音さまにも謁見してゆきましょう。みんないいお顔をしておられます。私はいつも弁天窟の弁天さまにピンクの蝋燭をお供えして、芸事の精進をお祈りすることにしています。

長谷寺は花の寺としても有名。四季折々のお花を楽しめます。本堂のあるところは見晴らしのいい高台。黄金の阿弥陀さま、やはり黄金でもっと荘厳な観音さまにちゃんとお参りしてから、ゆっくり海を眺めましょう。

5月の風がさわやかな今、大仏通りもベストシーズンかも。
Hasedera2


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2009.04.29

私がピアスをしない理由

Flower0429
耳を動かす癖がある。だから、ピアスをつけるのは無理。

一度やってみたことはある。整形外科で耳に穴を開けてもらい、ファーストピアスの針を貫通させてキャッチで留め、傷が乾けばピアスな人生の始まり! のはずだったが、耳を動かす度に、穴の内部のまだ「生」の部分にピアス針が当たって、痛い痛い! 異物を貫通してあることに耳が反応してピクピク動くから余計に痛い。おまけに私の耳は肉厚な福耳なので接触する部分も多く、痛い痛い痛い!!

結局、我慢できなくて、傷が乾かないうちにやめてしまった。

というわけで、私はピアスをしていない。イヤリング派なのだが、これもつけると耳が反応していつもよりも動くので、落として失くすことも多い。耳のお洒落をしにくい体質のようだ。

ところで、耳を動かすのは誰でもできることではない。何の役にも立たないので自慢することではないが、
一種の特技なのだ。稀に動かせる人もいて、遺伝性もあるらしい。
「耳を動かす事が出来ますか?」  生活・身近な話題 : 発言小町

ついでに、今、検索して初めて知ったこと:
痕跡器官は、他の分類群ではよく発達して役に立っている器官が、ある分類群ではどう見ても役立たない状態になったものである。(中略)また、その種の全個体に出現する訳ではないが、まれに出現する形質が、先祖の形質を暗示するようなものである場合もある。ヒトの場合、有名なのは耳を動かす筋肉がそれで、筋肉そのものは簡単ながら全員に備わっているが、一部のものしかそれを操って耳を動かすことができない。」
痕跡器官 (生物) 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より。

なるほど、私って古いタイプの人間なのかも。しかし、この「耳を動かす筋肉」はヒトが文明生活を始めた頃には既に退化していたにちがいない。何故なら、耳ピアスの歴史は数千年に及ぶといわれ、古代エジプトの貴族には20歳になるとピアスをするのが習慣があったらしい。耳を動かす癖のある人が多ければ、穴をあけて通してつけるピアスが普及するはずはない。ヒトが誕生したそのときにはもう失われていた能力?なのかも知れない。

そんなわけで、結局自分には縁のない「ピアス」について思いをめぐらせ、付け焼刃な雑学を披露。せっかくの特技?なので、何かに利用できないか考えてみることにしよう。耳芸のアイデア募集します。同じ特技のある方、こんなことをしてみたら尊敬された・・・というお話があればお聞かせください!


・・・ついでに宣伝。
ピアスも登場する「ジュエリーの歴史」について知りたい方は、『古代文明ビジュアルファイル』第115号【2009年4月28日発売】をどうぞ!
「美と文化の小宇宙 きらめきのジュエリー史」

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2009.04.19

アクア・ブルーの違和感、そして親近感

Aqua江ノ電を降りて藤沢のデパートで、某所の個室に入った。

入って腰掛けた途端、妙な違和感。ドアや壁、そして腰掛けた器の色がアクア・ブルーだったので。

そこはトイレとか、化粧室とか、Rest Roomとか、厠とか、御不浄とか言われるところなので、ジェンダーでの色分けが確立している。私が入るところはピンクかオフホワイト、せいぜいベージュくらいであるべきなのだ。

しかし、この違和感の理由が私にはわからなかった。用事を終えて、ドアを開けるまでは。

そう、そこは男子トイレ。つまり、間違えた! なんともマヌケな話。

ドアを開ければ、手洗いには男子の姿。

当然、すぐに個室のドアを閉め、彼らが退出するのを待つことになった。変態だと思われて通報されることになるので。

そして、ドアを閉めたときにはもう、違和感が親近感に変わっていた。手洗い所に立つ3人の男子は全員、大学生くらいのお洒落な男のコ。櫛を手に鏡に向かって一生懸命、髪を整えていた。私たちがお化粧直しをするのと同じような念入りさで。その後姿が何ともかわいらしくて微笑ましくて、そう、親近感を覚えたのだが、前述の理由で観賞するのを断念し個室に引っ込んだ。

ようやく彼らが退出して誰もいなくなったので、私も誰にもばれないまま無事退出することができたのだが、男子トイレのアクア・ブルー色がほんわかとさわやかに感じられた。また是非、アクア・ブルーのこの異空間に入ってみたい・・・・・・などと書いたら変質者どころか犯罪者になってしまう。

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2009.04.13

グロリア少年合唱団の『フォーレものがたり』

グロリア少年合唱団 第48回定期演奏会 『フォーレものがたり』サン・サーンス、リストを師に仰いだ、フランスの若き作曲家の音楽と友情の物語
2009年4月3日(金) 鎌倉生涯学習センター 出演:グロリア少年合唱団・グロリア男声合唱団


 今年も桜の季節に、日本最大最古の少年合唱団「グロリア少年合唱団」定期演奏会に行ってまいりました。今回は、高校生の団員が書いた脚本による上演。時代背景や性格設定もしっかりしていて、文学的にも質の高い出来だったと思います。感動的な台詞も幾つかありました。主人公フォーレの他、サン=サーンス、セザール・フランク、ラヴェル、リストといった有名な音楽家が登場するのも楽しい! 演ずる方もやり甲斐があったことでしょう。

 少年合唱団といえば、Gクラス(小4~変声前)のボーイソプラノの透明な響きを堪能できるのが魅力。今回も、フランクの「天使のパン」の二重唱など、ボーイソプラノ&ボーイアルトの聴きどころも沢山ありました。フォーレの「ピエ・イェス」は当然、ボーイ・ソプラノのソロかと思いきや、Cクラス(幼稚園児)のおチビさんたちの熱唱。傷心のフォーレに立ち直るきっかけを与えるという重要なシーンで、本当に一生懸命熱唱してくれました。こういう「ピエ・イェズ」を聴けるのはグロリアだけだと思います。

 今回は、グロリアのもう一つの魅力、Mクラス(変声後の中高生)の実力!と魅力を再確認できたことも大きな収穫でした。2幕の幕が開けたところで、青年たちが集うシーンが繰り広げられるのが定期演奏会の音楽劇の一つの様式のように思えるのですが、今回も、パリの音楽サロンで語らい、ヴァイオリンを弾き、歌って楽しむ青年たちのシーン。このシーンが素晴らしい! のです。特に、私のようなギムナジウム・カフェに出入りするような(一度だけです~すみません!)輩には目に保養。。。

 全クラスとも、自前の衣装で、先生方の念入りなチェックで、色彩的にもバランスのとれた舞台がつくられるのですが、Mクラスの青年シーンは特別、厳しいチェックが入っているのではと思います。このシーンは、兎も角、美しい! のです。舞台の色調も、登場人物の配列も、何気ない動きや仕草も、もちろん音楽も。中3?~高校生のMクラスだから、演技も自然で本格的。今回はたぶん、実年齢よりも少し上の青年を演じているわけですが、中学生の団員もちゃんと大人っぽい演技で台詞を喋ることができました。声も舞台姿も、若々しい輝きに満ちて、本当に美しい! 今回は特に主役のフォーレを演じたT君のテノール全開の声を初めて聴くことができて、感涙。ソプラノやアルトもすばらしかったけど、テノールもいい!

 彼らは一時も待ってくれることなく成長していく少年たちですから、この輝き、この美しさは、この舞台だけのもの。何度か足を運ぶうちにそれがよくわかってきたので、一瞬たりとも聴き逃さないように、見逃さないように、グロリアの舞台にとりわけのめりこんでしまうのでした。

 次の公演にはまた一段成長した姿を見せてくれる少年たち。でも、あのパリの音楽サロンのシーンはもう2度と観られないでしょう。私はもちろん、昼の部と夜の部の2回とも観ましたよ。グロリアの定期演奏会の音楽劇。2~3年に一度上演されるようです。ぜひお見逃しのないように。


2009年5月3日 10:00-15:00 グロリア・バザー  
於:雪ノ下カトリック教会(鎌倉) 
2009年10月12日 グロリア少年合唱団創立50周年式典 
演奏曲目:モーツァルト『戴冠ミサ』他
於:雪ノ下カトリック教会(鎌倉) 

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2009.04.12

うしろめたい人生もいいかな?

Tulip
他人に優しくなれないとき、それは後めたさが足りないとき。
自分のやりたいことをやらずに、他人のために犠牲になって、非の打ちどころもなくがんばっているとき、他人がいいかげんだと許せなくなる・・・・・・のは私だけ?

でも、何かしら、後めたさを感じているとき、もっとこうしてあげたいけど、ちょっと今、ネットに夢中だから、ブログの更新中だから、レース編み、この段を編んでしまいたいから、ピアノ弾きたいから、歌いたいから、アイリッシュ・ホイッスル吹きたいから・・・・・・ちょっと待ってーーーー!!!

そんなとき、周りでガヤガヤしている家族にも優しくなれる。

いつも待ってもらってるから、今日はちゃんとしてあげよう・・・とか、この前、ほったらかしにしてたから今度はちゃんと聞いてあげよう・・・とか、どんどん優しい気持ちになれるもの。

というわけで、後ろめたーーーい人生を生きることを推奨いたします。

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2009.04.10

がんばらない音楽

Glvr
歌をがんばってきた。

時間もお金もかけた。本番前には健康管理もがんばった。仕事さえ控えることもあった。それでもまだこの程度? と自分でも思うが、ともかく声を維持するのにがんばってきた。がんばらなくても、いつでもどこでも軽ーく歌える才能があればよいのだが、もしそんな才能をもっていたら、もっともっとがんばって、上を目指していたかもしれない。

実は、「もっと上を目指すべきよ」と師匠に言われてその気になりつつあるので、歌はもっともっとがんばっていこうと思う。

でも、たまにはがんばらない音楽も楽しみたい。一番手軽に楽しめるのは「歌」のはずだが、歌うたびに、この音域の発声はこれでいいのだろうか???なんて考えてしまうのでどうもいけない。ピアノもがんばらなければ弾けないレベルだし、リコーダーで楽しもうと思ったが、どうせなら良い音を出したいと、良い楽器を購入してがんばるハメになってしまった。

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そこへ出会ったのが「アイリッシュ・ホイッスル」。これならがんばらなくてもかわいい音が出るし、私にとってはリコーダーよりも音域が広い。がんばらなくても2点G以上の高音を出すことができるのだ。楽器が安いのもいい。楽器+CD+楽譜付教則本で3000円以内で買える。すぐに2本目の少し良いのを買いたくなって買ったが、1700円代で買えた。

吹き方はリコーダーとたぶん同じ。しかも高音がラクなので、すぐに吹ける。手入れも簡単。ヒョロ~とした情けない音色もまた味わいがある。それですぐに吹き始めたら、すぐに病みつきになった。

アイリッシュな曲は、にぎやかでダンサブルなものや、どこか懐かしいメロディアスなものなど、ヴァラエティに富んでいるが、どれもかわいらしく癒される曲だ。いろいろあるけど、ま、なんとかなるさ~♪的なノリがうれしい。'70年代の日本のフォーク・ソングに通じるものがあるようにも思える。

そんなわけで、アイリッシュ・ホイッスルに夢中になっている。がんばらないで続けていきたい。


※最初の写真は、横浜元町のセント・パトリックス・デイ・パレードで撮影。

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2009.03.30

私、自閉症なので

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そう、私は変形性股関節症患者(一つ前の文章参照)。

自骨手術による回復の可能性が高くないタイプなので、人工股関節置換手術を受ける日まで、ひたすら筋トレして温存するべし!

自力だけでの筋トレでは効果が上がらないので、週に1度、習い事のように整形外科のリハビリテーションに通っている。

天才理学療法士さんが一押しするだけで、股関節が頼りない分、負担がかかりすぎて凝りに凝った筋肉がほぐされ、癒され、鍛えられて回復。これでまた1週間、暮らしてゆける。その繰り返しで何とか温存。さて、いつまで持ちこたえることやら??

かかりつけの股関節専門医のクリニックにはリハビリテーション科もあり、人材も設備も充実している。担当の理系美女天才理学療法士Iさんに先約があるときは別の人に代わってもらうのだが、皆、腕がいいので安心して任せることができる。

ところが、前回、困ったことになってしまった。Iさんに頼めないときは、いつも女性の理学療法士さんが代わってくれるのだが、初めて男性が担当することになった。腕のいい人ならくすぐったくないことはわかっていたので、別にいいか・・・・・・と任せることにしたが、やはり、男性に、脚腰など、全身の要所に接触されるのは我慢ならず、言ってしまった。

「あのー、できれば女性の方のほうが・・・・・・」

女性の療法士の手があくまで待つ時間もなく、結局、「後日あらためて」ということになってしまった。Iさんが「配慮が足りなくて申し訳ありません」と謝りに来てくれたし、「すみません」と言うしかない私に、当の男性療法士も「いえ、全然いいんです。お気になさらないでくださいね。他の者の手があかず申し訳ありません」と頭を下げてくれた。

周りを見ると、患者は女性ばかり。男性の療法士からマッサージを受けている人も何人かいる。男性だから拒否というのは私だけ?? セクハラを受けたわけでもないのに拒否するのって変? でも、やっぱりどうしてもイヤ・・・・・・そして、思わず言ってしまった言葉。

私、自閉症なので、接触に関して色々あるんです

その言葉は静かなリハビリ室全体に聞こえてしまったようだが、その場の雰囲気が気まずくなることもなく、受け入れられた。または聞き流された。

実際、自閉症の人は感覚過敏が激しく、接触に関して色々ある場合が多いようだ。過鈍な人もいるらしいが、アスペ傾向の人も含め、知り合いの自閉症スペクトラム圏内の人は、みな何かしら感覚過敏な面を抱えていた。

そんな知識を、その場にいた患者さんたちがもっていたとは思えないが、医療従事者である理学療法士さんたちは案外、皆、当然のことのように知っていたのかも知れない。

自閉症なので」という言葉を口実にでも使うときは注意が必要で、だから引き篭もりとか、だから暗いとか、不用意に言ってはならない。日本独特の誤解を助長することになりかねないので。しかし、だから感覚過敏とか、だからこだわりがあるといった、知られていないが事実であることは、言ってしまってもよいのではないかと思う。

悪気のない他人を傷つけずに、接触を控えて欲しいことを伝えるには、「いやあ、触らないで! 不潔っ!」などと言うより、「私、自閉の傾向があるので」と言ってみてはいかがだろうか? 特に、医療場面では通じるのではないかと思う。いや、医療従事者ならば、必須の知識だ。

結局、拒否してしまったため、癒しの一押しを受けることができず、歩行困難に陥ってしまった。次回の予約を入れるときには、あらかじめ「できれば女性の方に」と言っておかなければならない。

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2009.03.29

それでも私は街に繰り出す

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変形性股関節症が進行中。股関節とは、骨盤に大腿骨骨頭がはめ込まれている関節。そのはめ込みが生まれつき浅く、噛み合わせが悪く(=先天性臼蓋形成不全)、歩く度に擦れて変形が生じ、いつかは歩行不能なほどに崩壊するというオソロシイ病気。先天性臼蓋形成不全から変形性股関節症になっていることが最近判明し(知らなかった!)、温存のため筋トレに励みつつも、歩くたびに変形が進行。日々、歩けなくなっていく日々。

未診断だが、先天性のDCD(協調性運動障害)をもっていることも明らか。粗大運動が下手で体育の授業がつらかったので、もっと早くわかっていたらサボれたかも・・・・・・と、悔しい。骨折して杖を使う身になり、他人さまから身体の不自由な人として親切にされる度に、これが本来自分のあるべき姿かもと思っていたのは案外、間違いでもなかった。

そう、もっと早くわかっていたら、運痴とバカにされることはなく、脚が不自由だからしかたないのねとみなされていたかもしれない。マラソン大会も、恥をかくだけの短距離走も、グランド10週トレーニングも、研修旅行の三瓶山登山も、免除されていたのかもしれない。長距離遠足も、目的地までお車で先に行って待っていてよし!ということにしてもらえたかもしれない。

いつも途中でへこたれそうになっていたのは、根性がないのではなくて、脚の付け根のせいだった。根性がない自分を情けなく思う・・・・・・というタイプではないので、いじけることもなかったが、先天性臼蓋形成不全であることがもっと早くわかっていたら、あれもこれもサボれたのに・・・・・・と思うと、かえすがえすも悔しい。

しかし、そう言っても、過ぎたことはしかたないので、健常者並みの経験を一通りすることができて良かったね!と思っておくことにする。身体障害者として、親に過保護にされていたら、自分を過保護にしていたら、せっかくの多動パワーを発揮できなかったかも知れないので。重い荷物を抱えての海外旅行に何度も出かけたのも、ハードな街歩きを繰り返したのも、自分の股関節の構造を知らなかったからということもある。

知らなかったからこそ、若いうちに色々と経験しておくことができた。それで良し! ということにしておこう。

さて、自骨に回転骨切手術を施しても改善する見込みがあまり高くない症状らしいので、いずれは人工股関節置換手術を行う運命。その時期を可能な限り遅らせるため、筋トレに励んで温存するのみ。
やりたいことは一通りやったのだから、もう必要以上に出歩かずに引き篭もって大人しくしていよう! と、決意するべき。しかし、ウィリアム・モリス風花柄のT字杖をついて、やはり私は街に繰り出してしまう。そして、いよいよ崩壊したときにも、短い人生、行きたい所に行かなければ楽しくないでしょ? あれはあれで良かったのよ!と思うのだろう。

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2009.03.26

アイリッシュ・ホイッスルに癒されて

 私はソプラノ・レッジェーロ・コロラトゥーラ。役どころは、夜女王、ルチア、オランピア・・・・・・。達成度はともかくとして、水のように、光のように煌きのある声を目指している。コロラトゥーラなので、技術的習熟が必須だが、できれば声帯を健全な状態で長く温存したいので練習のし過ぎは禁物。

 しかし、今、自分の声をあまり聴きたくない心境。歌うにも聴くにも、どうも癒し系ではないので。何か、楽器を演奏したい。ヒュルーとした侘しさのある音の楽器。頑張らなくても演奏できる楽器。リコーダーを吹いてみようとも思ったが、管を接続するのが面倒。それほど、無気力な状態。

 そんなとき、出会ったのが、アイリッシュ・ホイッスルなる笛。直線状の金属管にマウスピースをつけただけのシンプルさ。ケルト愛から出向いてみた、セント・パトリックス・デイのパレード。その行列の中の楽団に、ヒョロ~という頼りない音をの笛を吹くたくさんの人たちがいた。グリーンのアイルランドの民族衣装を着て、楽しそうに吹いている。楽団の中ではどちらかといえば地味な存在だけど、リズミカルに主旋律を吹く重要なポジション。

Whistle
 早速ネット検索すると、アマゾンで買えるので、笛+教則本+CDのセットを衝動買いしてしまいました。本当にすぐ吹ける。キーはDだけど、運指はソプラノリコーダーとほぼ同じ。しかも、高音はソプラノ・リコーダーよりも出しやすい。CDを聴いて、楽譜をみて、すぐに何曲かマスター。この手軽さがイイ! 音楽って極めるのには深く険しい道を辿らなければならないけど、このくらい簡単に始められると嬉しい!

 吹き続けるうちに、CDのお手本演奏のようなヒュル~と物悲しい音が自分でも出せてるような気がしてきて、パレードで聴いたダンス曲や「サリー・ガーデン」や「春の日の花と輝く」「庭の千草」のような有名なアイルランド・ソングを吹いてみる。この音! 今、自分的に癒されるのはこの周波数のこの音だったのだと、自己満足。自分で何度か歌ってみたけど、何か違うような気がしていた。この笛のようなニュアンスが、私の声にはない。

 本当はアイリッシュ・ハープを弾いてみたいのだけど、敷居が高くて頓挫。しばらくこのお手軽&お気軽な笛、アイリッシュ・ホイッスル(=ティン・ホイッスル)で遊んでみることにする。花粉の季節が終わったら、歌も再開する予定。


※写真は衝動買いしたWalton社のセット(¥2980)。てっとり早く始めるにはとりあえずこれでもよいかと。私は始めて3日にして2本目が欲しくなり、CLARKE社のを注文中。

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2009.02.20

花粉シーズンにメガネっ子復活。

今年もやってきました! 花粉シーズン。

実は、今年は我ながらすごくアホな予防法を試みてみました。

アレルギーって、無害なものも害があるように「脳が勘違いして」過剰防衛するから発症するのだから、脳をマインドコントロールすればいいのだ!

と、思いつき、1月頃から、自転車で外出するときや、杉の木の側通るときは、声に出して唱えてみました。

 杉の花粉に反応するな。
 杉の花粉に害はない。

もっとラップ風に、

 すっぎの かっふんに はんのーすぅっるな♪
 すっぎの かっふんに がぁいはなぁい♪

しかし、やっぱり効果なし。
かくして発症してしまったのでした。
我ながらアホでした。

でも、マインドコントロールによってアレルギーを抑える方法ってないのでしょうか?

今年は現在のところ、鼻よりも目にきております。
痛くて痛くて我慢できないので、メガネを購入してしまいました。久々のメガネっ子デビュー! 去年はコンタクトレンズ&花粉ガードメガネで乗り切ったのですが、今年はメガネ常用にして、ガマンできなくなったら目薬をさすことに。

久々に新調したメガネ。ド近眼で乱視だけど、よく見える! 技術的に進歩したのか、前のよりレンズも薄くて幾分軽いコンタクトをはめる時間をなくせるので朝の間に合わない!パニックも半減。メガネもいいものですね。花粉シーズンが終わっても、メガネっ子のままかも知れません。





コネタマ参加中: 花粉シーズン、どうやって乗り切る?

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2009.02.17

無償の愛の崩壊

Cool2
冷たい女」と言われた。

ケイタイで自分の写真を撮ってみると、なるほど冷たい。そうね、確かに冷たいわねと納得。でも、この顔、嫌いじゃない。自己イメージに合致しているので。

伝統とか、慣習とか、先代の行いとかで、貴女もかくあるべしと言われても、容認できないことがある。たとえば、親の介護は実子の務めだと思っている。長男のお嫁さんに押し付けるべきではない。育ててもらった恩を忘れて、直接育てられたわけでもない、血縁的には他人である者に自分の親の世話を押し付けるなんて非道なことがどうしてできるのだろう。

伝統的には、性格のいいお嫁さんが無償の愛で、献身的にお世話してきたのだろうが、愛というより、義理なのではないだろうか? 無償の義理? そう、法的には彼女には、遺言状に明記してもらわなければ義父母の財産を相続する権利はない。夫の死後も義父母のめんどうをみてきたのに、何もしなかった義兄弟姉妹だけが相続・・・という酷い話もあるらしい。

ついでに言えば、

民法第877条
1.直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。

姻族である長男の妻には義父母を扶養する義務はない。

これを主張すると、冷たい女と言われるが、やっぱり言わないわけにはいかない。人間関係がこじれるから我慢するとかいうことが、アスペ女にはできない。かくして、アスペルガー的冷たさで正論を主張することになるのだろう。ええ、正論です。

伝統とか因習とかで残存する無償の義理はどんどん崩壊していっていい。それを壊せるアスペルガー的冷酷さをもっている人材を世界は求めている。と、断言してしまおう。

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2009.02.11

気合が入る「夜の女王のアリア」

聴くと気合が入る曲・・・それはやっぱり、夜の女王のアリア復讐の心は地獄のように」(モーツァルト『魔笛』第2幕)ですよ。コロラトゥーラ・ソプラノとして、自信をもっておすすめします!

母が娘に殺人を唆すという極悪な歌で、これで抽入される気合はどんなにダークな気合かと思われるかも知れませんが、歌詞の意味はともかくとして、こういう煽り系音楽には本当に元気づけられます。

同じ『魔笛』の第1幕の夜の女王のアリアは、真意はともかくとして、歌詞も健全な煽り系。でも、テンションが燃え上がるのは、やっぱり第2幕の復讐のアリアの方。嵐のように激しいフレーズ、ハイFの応酬。もやもやしたものをきれいさっぱり吹き払ってくれます。うじうじしているときは、歌詞の意味はともかくとして(どうせドイツ語だからわからないでしょう?)、「夜の女王のアリア」を聴きましょう。

生で聴きたければ、私が歌ってさしあげましょう。


コネタマ参加中: 聴くと気合が入る曲を教えて!

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タナトスなる音楽に寄せて

Otaru
タナトス」とは、ギリシャ神話に登場する神の名。臨終を迎える人の魂を奪い去って行く死神。

フロイトの用語では、「生の本能に対する、無機物の不変性に帰ろうとする死の本能(衝動)」。

言うまでもないが、タナトスの反対語は、「エロス」。ギリシャ神話の翼もつ愛の神の名。そして、フロイトの用語では、「性本能・自己保存本能を含む生の本能」。

生物は、エロスの成就のために生きているというのが正論。しかし、タナトスもまた魅惑的である。うっかり、タナトスに取り憑かれているようなことを口走ったら、精神異常者か危険分子として隔離されてしまうだろう。

しかし、フロイト先生の仰ることにも一理ある。死すべき運命にある我ら生物は、タナトスへの願望も抱えもって生きているのかもしれない。死への本能、死へ向かう官能に耽溺したいという願望は、実は誰にでもあるのかも知れない。そして、どこまでも反社会的なタナトスの甘美に浸りたいと思うのなら、そういう自分であることを打ち明けてしまいたいと思うのなら、実は誰にも非難されずにそうする方法がある。

それは至極簡単なこと。ただ、音楽を聴けばいい。例えば、オペラ。死によってしか結ばれることのない禁断の愛・・・といった究極の愛と死のドラマが繰り広げられるグランド・オペラのアリアには、タナトスを歌ったものも少なくない。

例えば、ドニゼッティの代表作『ルチア』。 マリア・カラスの解釈によれば、最初から狂っている姫ルチア。狂乱のアリアはもちろんのこと、登場してすぐに歌うアリアに既に彼女の情熱がタナトスに向かうものであることが暗示されている。甘美な愛の二重唱にも、エロスよりもタナトスの香りが濃厚に漂っているように思える。

自死願望を熱っぽく語ろうものなら、親切な人によって隔離病棟送りになるかも知れないが、「オペラが好きなの。特に『ルチア』が好き!」と言えば、高尚な趣味をお持ちね・・・と聞き流してくれるだろう。タナトスへの衝動を抱えもって生きるのが人の本性なら、普段からオペラやタナトス性が濃厚な音楽を聴いて、それを健全に昇華させておくのがいいだろう。下手でもいいから、演奏してみるのもいいかも知れない。音痴でもいいから、『ジョコンダ』の「Suicido!」を熱唱してみるといい。

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2009.02.04

不幸の中に閉じ込められた幸せ

メーテルリンクの『青い鳥』には、ありとあらゆるものが登場する。子供の頃、再話版で読んだことのある方も多いことだろうが、原作は戯曲。私も朗読用の再話を手がけたことがあり、何度も原作を熟読してみたが、読めば読むほど味わい深い。

特に、「幸福の花園」の章。青い鳥を探して、チルチルとミチルとその僕たちが辿り着いた美しい花園。そこにはありとあらゆる幸福が住んでいた。「はしゃぎきった幸福」も。


(・・・・・・このとき、黒い肉襦袢を着たいたずら小僧があっちこっちにぶつかったり、わけのわからないことを叫んだりしながら、チルチルの方に近づいてくる。そして、彼の鼻を指ではじきながら気違いのようにはね回ったり、手で顔をたたいたり、せわしなく足で蹴ったりする)

チルチル (びっくりしてしまい、すっかり怒って)この乱暴なやつ、いったいなんですか?

幸福  やあ、あれは不幸の洞穴から逃げ出してきた「はしゃぎきった幸福」ですよ。だれもあれを閉じ込めておくことはできないんです。どこでもすぐにとび出してしまうんですからね。「不幸」たちも、もうあれの番をするのはいやだっていうんです。

(いたずら小僧は防ぎきれないでいるチルチルをさんざん悩ましたあげく、きたときと同じように、突然理由もなく大笑いしながら出ていってしまう)

チルチル  あいつどうしたんだろう? 少し頭がおかしいのかしら?

幸福  さあねえ、ききわけのない時のあなたも、たぶんあんな風ではないかしら。

――『青い鳥』 メーテルリンク 堀口大學訳 新潮文庫 より――


「はしゃぎきった幸福」の正体は?
お気づきの方もいると思うが、いわゆる多動児。典型的な、かなり重度の多動児。

不幸の洞穴に閉じ込められて、「不幸」に番をされているが、そこにおさまりきらなくて、とび出してしまう。でも、決して「不幸」ではなくて、はしゃぎきった「幸せ」。

そう、多動は不幸ではなくて幸福なのだ。どこに閉じ込めてもとび出してくる。そして突然理由もなくやってきて、そして去っていく。

『青い鳥』が発表されたのは、20世紀初頭。その頃は今よりも多動児に対する風あたりは強かったはず。それでも、「幸せ」と命名したメーテルリンクの真意は? 幸福だとしたら、誰にとって? 本人にとって? 一体どうして、幸福なのか? 色々考えさせられてしまうが、ともあれ、メーテルリンクは多動児を「はしゃぎきった幸せ」と呼んだ。その事実を、とりあえず知っておいてほしい。

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2009.01.28

ブログの更新をしない理由って?

Merry_2
私としたことが、この大切なブログを1ケ月以上も放置。

申し訳ありませんでした!!!

ええ、忙しかったんです。
年末年始って、1年で一番、ストレス!な時期だから。
今年も何とか無事にやり過ごしました。

さて、再開!

・・・その前に・・・・・・今までに何度も放置~期間があったので、この機会に放置~理由を総括。
まずは思いつくままに(順不同)。


1.忙しい (年末年始とか)

2.体調不良 (インフルエンザとか)

3.mixiの方で充実してるからいいや

4.健忘症でそもそもブログを持っていたことを忘れた
  (ここではありえないけど他のブログの存在を忘れていたことあり)

5.小説に専念! (そうありたいものです)

6.それどころじゃない事態が発生

7.家計簿をつけていた (慣れないことなので)

8.お歌の本番前なので早寝しなくっちゃ

9.他に面白いことがあってどうでもよくなった (ありえるけど、まだないです)

10.旅行中。

11.変なことを書いてしまって反省、自粛。

12.ちょっとくらい更新しなくたって、大丈夫でございますわよ~
  なんて思ってしまった

13.没なテキストが発生しない


もっと挙がるかと思ったけど、これくらいしか思いつかないかも。
あ、私の場合、ネタ切れ というのはありませんので。

どれも立派な理由。ブログってパーソナルなものだから、自分の都合で更新しなかったりもありです。「そんなの理由になりません!」なんて言われる筋合いないです。

でもでも、現代人たるもの・・・(ってほどのことでもないですか?)
ネットおたくなら? 書くのが好きなら?
いえいえ、「ココセレブたるもの」と言ってしまいましょう。

どんな理由があっても、ブログを更新するくらいのキャパは持たなくっちゃ!


という気構えで、がんばりますので、今年もどうぞよろしく!

Lucia2

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2008.12.21

エド・はるみのヒミツ その3

Aka


いえ、ヒミツというか、単なる自慢です。

私、かのエド・はるみさんに 「おもしろいわね!」 と言われたことがあるんです。
すごいでしょ? エヘン!

当時、私は社長秘書兼翻訳者で、彼女は派遣の受付嬢。
その会社のランチタイムは、自然発生したグループで固まってお弁当を食べることになっていて、受付嬢さんはいつも、経理&社長秘書の管理部の女の子たちのグループに入ることになっていました。だから、毎日、エド・はるみトークを生で聞きながらランチ♪という贅沢な日々。

当時の彼女は女優修行時代で、トークも面白かったけど、聞く方も上手で、OLさんたちの他愛ないお話を楽しく盛り上げながら聞いてくれました。

私は当時から、音楽はオペラ! 映画はヴィスコンティ! という変な人でフツーのOLさんの中ではかなり浮いていた方。オペラの話なんかしても白けちゃうので、無口な人だと思われてたらしいけど、ある日ちょっと喋ってみた。実話。

「池袋のリブロの詩集のコーナーでね、コクトーの詩集を見てたの。コクトーが描いた挿絵が入ったすてきな詩集。そしたら、地味~な男の人が話しかけてきて・・・・・・」

はい、ナンパされかけたという嫌~な自慢話です。

「あの~、さっきからずっと貴女のこと、見てたんですけど、すてきな人だな~と思って・・・・・・」

ちょっと脚色入り。

「あの~、一緒にお茶でも、いかがですか?」

どうせなら、好みのタイプのイケメンだったと脚色すればよかったとちょっと後悔。

「それで、私、言っちゃったの」

この時点でもう誰も聞いてなかったかも。

「Sorry, I don't speak Japanese」

セールスの人に捕まりかけたらいつもこう言って逃げることにしてるけど、実際、ナンパから逃げるときにも便利。ここまで言ってちょっと受けたので安心。特に、エドちゃんに受けてた。

「ほんとうに、遠野さんっておもしろいわね!」

当時は、フフフ、当然よ!と聞き流していたものの、最近になって、このどうでもいいことを誇らしく思い出している私でした。


※写真は、当時私が通勤に利用していた京浜急行。つまり、本文とは特に関係はありません。

※ヒミツでも何でもなくてごめんなさい。エドちゃんはこんなネタなんてもう忘れちゃったでしょうし、他人のネタをこやしにする必要もないくらい、独創性にあふれたキャラを確立。これからも、もっともっと輝いていくことでしょう。私も、これからもこのどうでもいいことを励みにがんばっていきますよ!

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2008.11.11

「カンパニュラ」 と 抑圧されたリリシズム

Kanpanyuraarupanburu0001b
あなたが生まれて初めて見た花はカンパニュラでした」

母からのメールにそんなことが書いてあった。
格別の感動もなく、ふーん、なるほどと思い、特に返信はしなかった。

久々に母に電話をすると、すてきなメールを送ったのに、何の反応もないとは何事か? それでも物書きか!?と言う。

「私、叙情的なことを書く方じゃないから。特に、自分のことは」

それでも一応、「それってどういうこと?」と聞いてみると、私が誕生したとき、参院の病室に飾られていたのがこの花だと、感慨深く母は語った。大袈裟に感動してあげればよかったのだが、そういうノリになっておらず、それでも気の利いたことを言おうと思い、

「それで、私はフランツ・リストの『ラ・カンパネッラ』って曲が好きなのね。カンパネラって、鐘って意味なのよ、知ってる?」

などと言ってみたが、そういうノリになってないのがバレバレだった。

自分の誕生と花にまつわるエピソード・・・・・・すてきなテーマなので、リリカルなエッセイを書いてみればいいのだが、既に路線が違ってきている。

いや、私は元々、超おとめちっく少女だった。運動やアクティブなことがキライで、自分の部屋でピアノを弾いていたり、お人形さん遊びをするのが好きだった。お洋服も花柄やレースとかフリルとかついた乙女なものが好きだった。良くも悪しくも女の子らしい少女だった。おまけに愛読書は吉屋信子の『花物語』という文学少女だった。

しかし、どういうわけか、周囲にはそういう少女が迫害される社会が確立していた。子供は外で元気に遊びましょう! 服装はシンプルがベスト! スポーツで汗を流しましょう! そういう恐ろしい社会に住んでいた。

詳細は省略するが、私の少女らしい純情はことごとく粉砕された・・・・・・ように記憶している。今なら、そんなこと気にせず、ゴスロリファッションで原宿に行く!のだが、当時はそんな覇気もないくらい乙女だったので、周囲に迎合し、不本意ながら母が買ってきたジーパンもはいていた。本当はティアード・スカート以外ははきたくなかったのに。

別にそのリベンジとして今日、母が私に期待したリリシズムを拒否したわけではないが。

そんなわけで、現在に至る。かくして、私の文章に、吉屋信子調のリリカルでウェットな要素はあまりない。でも、今の路線(まだ確立してない?)も悪くないでしょ?

とりとめもなくなるので中断するが、カンパニュラの花言葉は「感謝」「誠実」。「抑圧されたリリシズム」ではない。

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2008.11.09

「だんだん」の木咲直人クンに萌

~あるいは青きアナーキズムとしての金髪~

自分のを金髪に染めようとはまだ思わないが、若い子の金髪が好きだ。はっきり言って、「萌~」。

反逆することに意義があると思っているような、実は何も考えてないかもしれない、青くておバカな反逆児サンの金髪が特に好き。リスカやODを繰り返す強制病棟の常連さんの金髪もまたいい。若さゆえの反逆、実はあまり中身はないけど、本人は必死。そこが青くて危うくて、「萌~」なんです。

mixiで金髪な若い子を見つけると、密かに「萌~」。近所のセブンイレブンに金髪な高校生?バイトが入ったら、ワクワク。いーんじゃないですか? 金髪で。なかなか似合ってるし。不良!?なんて眉をひそめたりはしませんよ。

NHKの朝ドラ「だんだん」で、弟「健太郎」役の木咲直人クンが素敵な金髪を見せてくれました。姉の出生の秘密を知って荒れてしまったという設定。すぐに立ち直って元通り!という展開になるのでしょうが、似合ってるのにもったいない! 金髪のままじゃ、ダメ???

以上、あまり中身のない、金髪礼賛でした。

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2008.10.15

歌いまくれ! 時間がない! 

「書き急げ!時間がない!」が my motto だけど、 それ以上に、
「歌いまくれ! 時間がない!」かも。

このブログのタイトル、変更するかもしれません
(いや、それはないでしょう)。

今のところ、病気,etc.で歌唱不能になる予定はないけど、 歌唱不能になってもたぶん、書くことはできる。

今まで、プロのオペラ歌手みたいに、その曲は自分の声にあっているのか? 今の時期にレパートリーに加えても大丈夫か??? とか考えすぎで、師匠のOKが出るまで新しい曲を歌ってみなかった。でもたぶん、もうそんなことを言っている時間はない。

歌いたい曲はみーーーんな歌っちゃえ!
といっても、オペラ・アリアなら、自分の声域に向いていないものは明白だから、無理なものには手を出しません。

いや、やっぱり、「書き急げ!時間がない!」でしょ?
どっちか選べといわれたらこっち、基本はこっちだけど (だからなかなかコンディション保持できない) 、
「歌いまくれ! 時間がない!」
歌いたい曲は悔いのないように歌っておく!ことにしました。


いえ、来月の発表会で「ルチア」の狂乱をやることになって、許可が出るまで手をつけなかったものだから、なかなか大変。「これやりたいんです!」と言ったら、見学者のいるレッスンでいきなり初見でやらされ、汗)・・・。本番の1ケ月以上前に第1回伴奏合わせが催され、暗譜できてないものだからボロボロ・・・。

そんなこともあって、やりたい曲は譜読みして暗譜しておいた方が後が楽かなと。

その前に「かたづけろ!踏み場もない!」だろ?とか言うのなしね。
Yuka200809292

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2008.10.07

秋になると、ショパンが痛い

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「ショパンは甘くない」と言ったのは、我が愛読書『草の花』(福永武彦著)の主人公、汐見さん。

ショパンが甘くないことはもう知っている。ミシュクが弾く甘くないショパンは、新鮮だった。

できれば、甘いショパン、甘ったるいショパンを聴きたいこともある。例えば、ノクターン1番。ショパンに潜む、暗さや苦悩をあえて聴きたくないこともある。

あの日はそういう気分だったけど、また甘くないショパンに遭遇してしまった。杉並区で催された「オペラ・アリア&ピアノ名曲コンサート」。オペラ・アリア独唱とピアノ独奏が交互に披露される。ピアニストは1人で、舞台には2台のピアノ。伴奏はベーゼンドルファー、そして独奏はスタインウェイ。

歌はこの上もなく美しく、感動的だった。ピアノも見事だったが、何故だか私の心をひどく傷つけた。甘くないショパン。しかし、もはやそれは新鮮ではない。ピアノで心の傷をいためつけられて、歌で癒される。その繰り返し。だからこそ、歌の癒しがいっそうありがたかった。

ピアノに限らず、抽象性の高い音楽を聴きたくない気分のときもある。自分の過去の傷とか、実は悲しいことも多かった私の人生・・・とか、普段思いをめぐらせないことにまで思いがめぐってしまう。そんな状態で心が痛くなる音楽を聴き続けたら、自殺してしまうかも知れない。

でも、歌はいい。特に、オペラのアリアは。状況設定がはっきりしているので、いかに感情移入しても、ノルマの深い悲しみ、トスカの不幸、リウの悲壮な勇気。それは全て彼女たちのもので、私のじゃない。自分の内奥に直接思いがめぐることはない。 他人の悲劇、美女たちの悲しみに共感し、美しい音楽の中で昇華される。まさに芸術の至福の歓びがここにある。

秋になると、ショパンが痛い。いや、大人になると痛みがわかるといった方がいいかもしれない。ショパンの痛みはショパンだけの痛みではなく、私の痛み。ショパンの苦悩も、私の苦悩。ショパンは直接、私の心の傷に響く。何故だかひどく残酷に。それがショパンの音楽の普遍性、偉大さといったものなのだろうが、あえて生では聴きたくない。そんな日もある。

せめて、アンコールの「ラ・カンパネッラ」(これはリスト)はベーセンドルファーの方で聴きたかった。ピアノ曲の打楽器的な華やかさは、あの日の私には痛かった。でも、それは私の気分のせいで、ピアニストのせいではない。そして、全ては最後の歌で癒された。全体として、すばらしいコンサートだった。

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2008.09.18

絶滅危惧種になってみる?

他人から大切にされたいと思ったら、絶滅危惧種になればいい。

Blackjack『ブラックジャック』の一話「オペの順番」より。西表島を出航した船が揺れ、密猟者が捕獲したイリオモテヤマネコ、代議士、赤ん坊が怪我。乗り合わせたブラック・ジャックがオペをすることに。オペの順番は何と、イリオモテヤマネコが最初。後回しにされて激怒する代議士にでブラックジャックは言う。
「お前さん、絶滅種じゃない」

つまり、絶滅種は珍重される。大切にされたい、愛されたいと思ったら、絶滅危惧種になればいい。

新しいタイプとか、新人類とか、アヴァン・ギャルドとかはダメ。気味悪いくらい旧タイプの人間にならなければ。

例えば、女性なら、耐える女、尽くす妻、献身的なお嫁さん・・・?

経済的にも精神的にも自立した新しい女は、もはや珍しくないし、これから普通になっていくだろうから、珍重されはしない。

大切にされるのは、戦前や、江戸時代以前に女性の美徳とされた要素を完璧に備えた女になること。そんな女性はまだ少しは残っているけど、既に稀少。絶滅しつつあることは確か。

大切にされたかったら、玉の輿に乗りたかったら、自立よりも依存、依存に徹するのを辞さない謙虚さが必要。それに似合う楚々とした美貌を備えていたら、最も尊重されるべき絶滅危惧種として敬愛されるでしょう。

というわけで、大切にされたかったら、絶滅危惧種になりましょう。

私は致しませんが。


※上記、ブラックジャックの台詞はTVアニメ版からの引用です。原作に関しては未確認です。

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2008.09.12

建築家の憂鬱

Bomarzo 空間に関する感性が磨ぎ澄まされすぎていて、美意識過剰で、凡そ現代日本において目に入る風景全てが気に入らない。目に映る凡そ全ての光景が怒りの対象。

 怒りに燃えながら、今日も建築家は歩く。視覚的な、現世の次元から彼は決して逃れられない。全ての街の風景、そして彼の家の中のカオスからも。そして、身の周りのミクロな空間を改善しようと躍起になる。しかし、彼だけの空間ではないので、所詮それは不可能なのだ。

 そうして彼の苦悩は深まる。もっと寛容になればいい。しかし、彼自身にとっては、寛容すぎるくらいに寛容なつもりなのだ。妥協の中に生きていると言ってもいい。

 音楽家や文章家は、音楽やテキストといった、視覚とは別次元の世界が充実しているので、取り巻く空間の醜について、無関心でいられる「そんなこと、気にしてたら、キリがないじゃない!」

 しかし、建築家は? 
 3次元の現実空間を超えた世界に感性を解放しなければ、さもなくば、カオスの中に生きることを容認しなければ、彼は彼の苦悩鬱から、決して逃れることができない。

 カオスの中に目覚めたときから、建築家の憂鬱はまたも続く。

 

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2008.09.11

あるいは憮然たる偽善

Play_ground
社長秘書をしていたとき、役員秘書に転職した友人と会話。

「秘書って、偽善的なとこが面白いわよね。お茶でーす。なんてガラにもないこと、偽善としてやるのが醍醐味だわ」

当然、共感してもらえると思ったら、大ハズレ。

「そういうの、よくわかんない。いいことはいいこととして善でいいじゃない。どうしてわざわざ偽善なんて・・・」

議論するのもめんどくさいので、話題変更。その後、何故か彼女と会う機会はなくなってしまった。


ガラにもないことをやるとき、私が勝手に抱いている自己イメージにあわない、健気なことをやってほしいとき、

「それは偽善だとわかってるから」とか
「それは実は打算的な悪なのだ」とか
「世界征服でも企んでるんじゃないの?」とか

そういう目で見てください。
ケナゲとか、イジラシイとか、えらいわねえとか、イイオヨメさんねとか、内助の功! とか・・・・・・しみじみとした目で見るのはやめてください。

自己イメージに合わなくて(つまり、そういうキャラじゃない!ということ)気持ち悪いから。

極力避けて通りたいけど、どうしてもそのようなことをしなければならないシチュエーションになったとき、自分の中で悪役の設定にして、偽善者としてそれをするのをお許し下さい。

結果として、してあげるんだけら、いいでしょ?

そんなふうに変換を行わないと、ダメなんです。気持ち悪くてやっていけないんです。

屈折してるって? そうなんです。でも、矯正しなくていいです。そんな自分が嫌いじゃないから、改める気なんてさらさらないんです。

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2008.09.08

ボケキャラ

「も~~~、ドジなんだからぁ~!」

と、言われるとホッとする。
自己イメージとしてボケキャラ、ドジキャラが定着。

たま~~~に、落ち着いててしっかりした人♪
なんて頼られるのキモチ悪くなって、ワザとアホなことをしてみたくなる。。。


ボケキャラな自分も好き♪
こんなんだから、向上心なくて、ボケボケ・・・
そのうちこのまま、痴呆に???

実は、ADHD克服のための努力もあまりやってなかったりします。
何か失敗したり、損したりしても、
景気の回復に貢献したんだからいいかも・・・なんて思ってしまいます。

というわけで迷惑かけております。
スミマセン。。。

愛想尽かさないで下さい。
Yuka2008020102_2


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2008.08.28

はるかなるアラニア ~南オセチア紛争勃発~

グルジア軍、南オセチア自治州州都を包囲  2008.8.7
ロシア軍が南オセチアに侵攻、グルジアとの戦闘激化=現地報道 2008.8.8
グルジア紛争、高村外相「南オセチア独立承認は遺憾」 2006.8.26
ロシアが南オセチアとアブハジアの独立承認、米欧は反発 2008.8. 27
ロシアの南オセチアとアブハジア独立承認は遺憾=G7外相声明 2008.8.28

南オセチアとアブハジアをめぐってロシアとグルジアの間で紛争が起きている。冷戦の火種?とその行方が懸念されている。

国際問題には疎いので自説を展開することはできないが、この一件は「グルジア軍が」南オセチア自治州州都を包囲したことに端を発している。ロシアがグルジア領内に侵攻したことではない。グルジアに同情的な報道が多く、各国もロシアを非難、つまりグルジアを支持?する声明を発表している。しかし、最初にあったのはグルジア当局の南オセチア自治州民に対する暴挙であった。無論、他国の領土を武力で侵攻するのも暴挙であるが、自国の領内なら何をしても国際的には許されるのだろうか?

南オセチア自治州の州民[オセット人]は、北部に隣接し、現在はロシア連邦構成員の北オセチア・アラニア自治共和国の国民と同一民族である。なぜ南北に分断されてしまったのか、詳しい事情は(自分の不勉強のため)わからないが、ソビエト時代に強制されたことであり、彼らの意思ではなかったと思われる。彼らは当初からグルジアからの独立を求めており、現在では北部に隣接する同胞の国と統合することを望んでいるらしい。

東西両国の様々な利害が入り組み、色々な国がいろいろと口をはさみ、複雑な国際情勢を引き起こす結果になってしまったが、問題の本質を理解するよう努めながら、見守っていきたいと思う。

報道側が当の南オセチア自治州についての情報をあまり伝えないのも片手落ちだと思う。彼らが独立を主張する背景、彼らが辿ってきた歴史について、ほとんど何も知らない人が多いのではないだろうか?

私はたまたま彼らの祖先「アラン人」について書いたことがあり多少の知識があるのだが、彼らは、スキタイ族の後裔であり、紀元前10世紀以前から、現在彼らが維持しているアラニアを拠点にユーラシア大陸を駆けめぐり、最も広い範囲において武勇を示し文化を伝播させた最強の騎馬民族であった。ヨーロッパに定着した人々は当地に同化し、民族としては消滅したが、彼らのDNAは現在の欧米人の中に受け継がれている。

報道側には、ロシアとグルジア、アメリカの見解だけではなく、南オセチア自治州そのものについて情報を提供する手間を惜しまないでいただきたいと願う。


ご参考に:
華麗なるアラン人
古代文明ビジュアルファイル第78号「中世騎士道の原点? 騎馬遊牧民アラン族の軌跡」(足立夕佳=遠野阿璃子執筆)


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2008.08.18

同窓会

Jinpuuu
祖母の初盆のため帰省。お盆の時期に帰省できるのは滅多にないことなので、折りよく5年ぶりに開催された高校の同窓会に出席。たぶん、私が所属した団体の中で、2番目に平均IQが高い人たちの集まり。 地元ではエリート集団。

3次会まで出席し、楽しく過ごしてまいりました。参加者の皆さん、女子は高校時代と変わらず若々しく美しく、男子も各界で活躍中。幸せと明るい未来のオーラで眩しい!

同窓会参加者の皆さんの前途明るい人生に乾杯!

そして、参加しなかった皆さんの人生にも乾杯!
仕事が忙しくて同窓会どころじゃない人、お子さんの用事の関係で帰省できなかった人、離婚しちゃった人、とてもそんな気分になれない人、故郷なんかとは縁を切ってシゴトに邁進な人・・・そんな人たちを何人か知ってるけど、 皆さん、それぞれにドラマティックな人生のド真ん中にいるようです。同窓会に来なくてもいいから、がんばって!

次回までに、同窓会に参加しないタイプの人生を歩んでみるのも乙なものかもしれません。

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2008.08.08

華麗なるアラン人(2)

フン族とともにローマ帝国に雪崩れ込み古代末期から中世初期の激動のヨーロッパの、影の立役者となったアラン人。由緒正しいスキタイ系騎馬民族。移動範囲は広大で、コーカサス地方か、もっと東の中国西域をルーツとして、西はイベリア半島、南はアフリカ、そしておそらくユーラシア大陸極東にまで及び、東西の文化交流に大きく貢献した。

多くは土着のヨーロッパ人と同化し、民族としては姿を消していったが、今でも、コーカサス地方に住むオセット人がその血を受け継いでいるといわれる。

「アラン」は、現代でも、姓にも名にも大人気だが、この名は中世までは、「アラン人」の血が流れていることを示すものだったらしい。アラン人のヨーロッパ入り以前にはこの名は存在しなかったことが説得力ある根拠。現代に至ってはアランさん全てがアラン人の末裔ということはないだろうが。

「オセット人」といっても、会ったこともないし、馴染みは薄いように思えるが、実は日本で活躍している有名人もいる。例えば、こんな人達。

 若ノ鵬 寿則 (わかのほう としのり)
 所属部屋 : 間垣
 本名 : ガグロエフ・ソスラン・アレキサンドロヴィッチ  
 生年月日 : 昭和63年7月8日
 出身地 : ロシア・北オセチア・アラギル
 現在の番付:西前頭筆頭  最高位:西前頭筆頭
 得意技 : 右四つ・従兄

 露鵬 幸生 (ろほう ゆきお)
 所属部屋 : 大嶽
 本名 : ボラーゾフ・ソスラン・フェーリクソヴィッチ  
 生年月日 : 昭和55年3月9日
 現在の番付:東前頭7枚目  最高位 :東小結
 出身地 : ロシア・北オセチア・ウラジカフカス
 序二段優勝 : 1回   序ノ口優勝 : 1回  敢闘賞 : 1回
 得意技 : 右四つ・寄り
 ※白露山の兄

 白露山 佑太(はくろざん ゆうた)
 所属部屋 : 北の湖
 本名 : ボラーゾフ・バトラズ・フェーリクソヴィッチ  
 生年月日 : 昭和57年2月6日
 出身地 : ロシア・北オセチア・ウラジカフカス
 現在の番付:西十両4枚目  最高位 :東前頭2枚目
 得意技 : 右四つ・寄り・投げ
 ※露鵬の弟

 阿覧 欧虎(あらん はくとら)
 所属部屋 : 三保ヶ関
 出身地 : ロシア・北オセチア・ウラジカフカス
 現在の番付:東十両14枚目
 ※若ノ鵬寿則の従弟

かつて、その強さでローマ人やゲルマン人を魅了したアラン人の末裔に相応しく、強さを競う大相撲で活躍している。ソスラン、バトラズといえば、オセット人がアラン時代から口承で語り継いできた『ナルト叙事詩』の英雄の名。そして、そのものずばり、「アラン」の名も。本名もアランさんとのことだが、今もオセット人にはアラン人の末裔を意味するこの名が多いのだろうか。

アラン族の華麗なる歴史を振り返ってみると、大相撲に北オセチア・アラニア共和国出身の力士が最極東の島国、日本に存在することが感慨深く思える。流石は最強の騎馬民族アラン族の末裔!と褒めるのは大関以上に昇進してからにしたい気もするが、オセット人力士たちの活躍を見守っていきたい。


※番付は2008年7月現在
※参考:goo大相撲、Wikipedia

※「アラン人」についてもっと知りたい方は『古代文明ビジュアルファイル第78号「中世騎士道の原点? 騎馬遊牧民アラン族の軌跡」(足立夕佳=遠野阿璃子執筆)をごらん下さい。

※再掲です。

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2008.08.07

華麗なるアラン人

 ヨーロッパが古代から中世へと移行する激動の時代、様々な民族が入り乱れて乱闘を繰り広げた。この激動の時代を語るのに、滅びゆくローマ人、勝ち残るゲルマン人、悪役フン族に役者をしぼった方がシンプルでわかりやすいともいえる。しかし、もう少し掘り下げて、教科書に出てこない脇役にも注目してみると、もっと歴史が面白くなる。

 いかに帝国が衰退していたはいえ、武装難民に過ぎなかったゲルマン人だけの力でローマに勝利し、中世の基本を築き上げるのは無理だったかも知れない。しかし、彼らには強力な同盟者アラン人がいた。最古の騎馬民族スキタイ系の流れを汲むアラン人は、騎馬遊牧民族特有の派手で濃厚な文化をもっていた。彼らの騎馬軍団はゲルマン人の難民集団と比べてはるかに統制がとれ、洗練されていた。アラン人の成人男子は全員が熟練した騎馬戦士で、幼い頃から乗馬に慣れ騎馬戦法に長じていた。同盟したゲルマン人のブレーンとして戦術を指南したにちがいない。

 アラン人はいつも自分たちの能力を最も高く評価してくれる者を見極め、味方についた。フン族に国を奪われ服属し、フン族に便乗してヨーロッパに流れ込んだが、彼らが加わることで、フン族連合軍はより強力になったといえるだろう。ヨーロッパにやって来たアラン人はやがて分派し、フン族連合軍から離脱し単独でゲルマン人を襲った集団もあった。ローマ帝国もまた、アラン人の能力を見ぬいており、皇帝自らアラン人の民族衣装を着て懐柔にかかったという。当時の最強の戦力は騎兵部隊であり、騎馬戦術に長けたアラン人をいかに味方につけるかが勝敗の鍵になったといえるだろう。

 分派したアラン人は、各派の直感となりゆきでゲルマン、ローマ、フンのいずれにもついた。ゲルマン人たちは最初はアリウス派などのキリスト教を信仰し異端とみなされた後カトリックに改宗したが、アラン人は最初からカトリック派を信仰したので、改宗する必要もなかった。アラン人は騎馬遊牧民特有の要領の良さと適応力の高さで激動の時代を生きぬいていった。やがて、勝利をおさめたゲルマン人は新国家でもアラン人を重用し、中世初期の混乱期を乗り切った。

 アラン人は旧ガリアの貴族となり、ゲルマン人とともに勝者となって、管轄の土地を統治した。やがて、馬車での移動遊牧生活をやめてその地に定住し、地元民と結婚し、土地の文化に同化する道を選んだ。そのうち本当にすっかり同化してしまい、民族としては消滅していった。

 しかし、全世界のアラン人が滅亡したわけではない。実は彼らの一派は現代まで生き延びているのだ。フン族から追われた後、カフカス山脈へ逃げ込んだ人々は、アラニアを再興し、その後、ユダヤ教のハザール王国に支配されたり、蒙古に滅ぼされたり、ロシアに組み込まれたりと苦難の道を辿りながらも、現在、北オセチア・アラニア共和国というロシア連邦内の国家を築いている。

 オセット人と呼ばれている彼らの人口は約50万人だが、イラン系の言語を保存し、民俗学的に非常に興味深い英雄叙事詩『ナルト叙事詩』をもっている。バトラズ、ソスランという二人の英雄を中心に展開するこの叙事詩は、世界の様々な神話と類似性があるとわれる。アラン人が数多く定着したブルターニュ地方は「アーサー王伝説」の源流の一つでもあるともいわれるが、中世騎士道のお手本となったこの伝説は『ナルト叙事詩』との共通点が多く、作家や詩人のパトロンとなったのがアラン系貴族であった可能性が高いといわれる。『ナルト叙事詩』の系譜をたどると、日本神話にも関わりがみられ、アラン人はヨーロッパから極東まで実に広い範囲を移動して文化を伝播したことがわかる。(つづく)


※「アラン人」についてもっと知りたい方は『古代文明ビジュアルファイル第78号「中世騎士道の原点? 騎馬遊牧民アラン族の軌跡」(足立夕佳=遠野阿璃子執筆)をごらん下さい。

※再掲です。

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