モーツァルトの臨終に立ち会う
W.A.Mozart: Requiem d-moll KV626
それが錯覚であることを私は知っている。
しかし、私は敢えて言う。
モーツァルトの臨終に立ち会った。
と。
『レクイエム KV626』を全曲聴き終えたところで、確かにそう感じるのである。
絶筆「Lacrimosa(涙その日)」の8小節目で、モーツァルトは息絶える。
その後も音楽は続く。
「Lacrimosa」に至って、哀しみは極まる。
しかし、その哀しみはあまりに美しくて涙さえ出ない。
弦楽のハーモニーにのって、合唱が繊細に厳かに「涙」の旋律を歌う。
ジェスマイヤー版の「Lacrimosa」は短すぎて完結していない感がある。
モーツァルトの死を看取った感傷に浸る間もなく、音楽は次へと展開していく。
モーツァルトは恐らく、長すぎる感傷を好まないだろう。
死を超えてなおも、音楽は展開していく。
モーツァルトは『レクイエム KV626』を完成させることはできなかった。
弟子の手に委ねられて完成したこの最後の曲はやはり、
モーツァルト自身の鎮魂歌である。
かくも多くの人がこの曲を音楽ホールや聖堂で聴く度に
モーツァルトの臨終に立ち会うことになる。
「Dies irae」の激しさを超えて、「Lacrimosa」の哀しみを超えて、
最後の響きに至ったとき、モーツァルトの昇天を見届けたと、
私は確かに感じたのだった。


Comments
ご無沙汰致しております。
その後いかがお過ごしですか?
私は今「バ・ロック音楽祭」という音楽祭の公式カメラマンをしております。
ご興味ございましたら、覗いて見て下さい!
http://i-debut.org/ivalue/0001054/?
Posted by: photographer_naoko | 2006.03.26 10:47
トラックバックして頂き、ありがとうございます。お忙しそうで何よりです。今後の益々のご活躍をお祈り致します。
Posted by: photographer_naoko | 2006.02.08 19:11