We shall be changed.
グロリア少年合唱団のメサイア演奏会を今年も堪能した。
イエス・キリスト(=メサイア)の降誕、受難、死去、復活、そして永遠の命に至る生涯を物語る壮大なオラトリオ(ヘンデル作曲)。毎年クリスマス間近の12月23日に、ここカトリック雪ノ下教会の聖堂でグロリア少年合唱団のメサイアを聴けるのは素晴らしいことだと思う。
レヴュはまた改めて書くとして(と言いつつ、10月の特別演奏会のレヴュもまだ・・・)、熱いうちにレヴュ以前の私観というか覚え書き。
『メサイア』は英語なので、リフレインされるフレーズの中にはプログラムのテキストを見なくても聞き取れるし意味のわかるものもある。そうしたフレーズには、詩篇の本来の意味を離れて、抽象的な解釈をしてしまうことがある。『メサイア』の聴き方としては正しくないと承知しているのだが、年末ともなれば毎年、自分の中に色々な思いがあって、それを抱えたまま聴きに来てしまうので、極めて私的な感覚で音楽と言葉が入ってくることもある。
今年、特に印象に残ったのは、独唱曲の最後となるバスのアリアの最後に執拗にリフレインされるフレーズである。
We shall be changed.
―私達は変容する。―
これはイエス・キリスト(=メサイア)が死後、復活し、永遠の命を得ることを意味するのだが、私には「We shall be changed.(私達は変容する)」というそのままの意味で響いた。そう、私達は変容するのだ。変わってゆけるのだ。意思を持って能動的に(「shall」なので)変わってゆけるのだ。変われるということは勇気である。力である。
「We shall be changed.」がこんなにも感動的に響いたのは、まさに今、変容しつつある少年達の歌をここまで聴いてきたからに他ならない。
フィナーレ合唱で、「We shall be changed.」が希望となって湧き上がってくる。次第に調子を上げて歌い続けてきた合唱の最後の山場である。ここまできたらもう演奏する方も聴く方も全身全霊、音楽の中である。私が、「We shall be changed.」と自分の中で盛り上がっているように、一人一人が自分の感動の中にいるのだろう。そしてそれは大合唱のハーモニーのうちに共感される。
アーメン唱が始まったらもう終わりも近い。もっともっと聴いていたい。しかし、音楽には終わりがある。終わりがあるからこそ、生まれ変われる。終わりがあるからこそ、永遠なのである。歌い終えた少年たちは、歌う前の彼らと同じではない。少年たちはきっと、私達よりも早く変容するのだ。







Comments
最近有名人の方を集団でストーキングし、盗聴・盗撮を含むプライバシーの侵害や嫌がらせを行う「集団ストーカー」が非常に問題になっています。
集団ストーカー概略
http://stalker.client.jp/
集団ストーカー : STOPSTALKER_JP
http://stopstalker.jp/
An AntiGangStalking Activity Site (AGSAS)
http://antigangstalking.join-us.jp/
ネット上ではYahoo!で「集団ストーカー」と検索すると、なんと90万件以上もの検索結果が表示されるほどの騒ぎとなっています。
Yahoo!で「集団ストーカー」を検索
http://search.yahoo.co.jp/bin/search?p=%BD%B8%C3%C4%A5%B9%A5%C8%A1%BC%A5%AB%A1%BC&fr=top&src=top
大丈夫だとは思いますが、十分気をつけてください。
応援しています!
Posted by: minami | 2005.12.28 at 15:18