「カンパニュラ」 と 抑圧されたリリシズム

あなたが生まれて初めて見た花はカンパニュラでした」
母からのメールにそんなことが書いてあった。
格別の感動もなく、ふーん、なるほどと思い、特に返信はしなかった。
久々に母に電話をすると、すてきなメールを送ったのに、何の反応もないとは何事か? それでも物書きか!?と言う。
「私、叙情的なことを書く方じゃないから。特に、自分のことは」
それでも一応、「それってどういうこと?」と聞いてみると、私が誕生したとき、参院の病室に飾られていたのがこの花だと、感慨深く母は語った。大袈裟に感動してあげればよかったのだが、そういうノリになっておらず、それでも気の利いたことを言おうと思い、
「それで、私はフランツ・リストの『ラ・カンパネッラ』って曲が好きなのね。カンパネラって、鐘って意味なのよ、知ってる?」
などと言ってみたが、そういうノリになってないのがバレバレだった。
自分の誕生と花にまつわるエピソード・・・・・・すてきなテーマなので、リリカルなエッセイを書いてみればいいのだが、既に路線が違ってきている。
いや、私は元々、超おとめちっく少女だった。運動やアクティブなことがキライで、自分の部屋でピアノを弾いていたり、お人形さん遊びをするのが好きだった。お洋服も花柄やレースとかフリルとかついた乙女なものが好きだった。良くも悪しくも女の子らしい少女だった。おまけに愛読書は吉屋信子の『花物語』という文学少女だった。
しかし、どういうわけか、周囲にはそういう少女が迫害される社会が確立していた。子供は外で元気に遊びましょう! 服装はシンプルがベスト! スポーツで汗を流しましょう! そういう恐ろしい社会に住んでいた。
詳細は省略するが、私の少女らしい純情はことごとく粉砕された・・・・・・ように記憶している。今なら、そんなこと気にせず、ゴスロリファッションで原宿に行く!のだが、当時はそんな覇気もないくらい乙女だったので、周囲に迎合し、不本意ながら母が買ってきたジーパンもはいていた。本当はティアード・スカート以外ははきたくなかったのに。
別にそのリベンジとして今日、母が私に期待したリリシズムを拒否したわけではないが。
そんなわけで、現在に至る。かくして、私の文章に、吉屋信子調のリリカルでウェットな要素はあまりない。でも、今の路線(まだ確立してない?)も悪くないでしょ?
とりとめもなくなるので中断するが、カンパニュラの花言葉は「感謝」「誠実」。「抑圧されたリリシズム」ではない。







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