2005.12.14

意地悪ばあさんの遺産

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 精錬潔白なA一級建築士とデイトした。
 私達は新宿駅から都庁方面へ向かう地下道を歩いていた。
 地下道の脇に不可解な円筒群を発見。
 上面は規則性のない傾斜の斜面。
 グレイッシュなレモン色、山吹色、黄緑色の配色。
 フォルムも色彩も、オブジェとしては全く美しくない。

「これ、なあに?」
 私の疑問に精錬潔白なA一級建築士はすぐに答えてくれた。
「ホームレス対策で作られたんだよ。座ることもできないし、寝ることもできない」
 効果あってか、ホームレスと思しき人は一人も見かけない。
 でも、でも、こういうのって・・・・・・

「なんて、意地悪な!」
「だって、青島知事のときの政策だもん」
 と、精錬潔白なA一級建築士は解説した。
 なるほど、意地悪ばあさんの遺産だったのね。
 クリーンではあるが、ぞっとするほど冷たい風が、都庁へ通じる地下道を走る。
  

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2005.07.13

カフェ・ダルジュロス

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  鳥取に、「ダルジュロス」という名のカフェがある。もう何年も行ってないのだが、今でもあの三角公園の近くに在るはずだ。

 「ダルジュロス」というのは、フランスの詩人ジャン・コクトーの小説『恐るべき子供たち』に登場する美少年の名である。黒いマントを翻して彼が投げた雪合戦の玉は、主人公ポールにとって運命の一撃だった。ポールはその後、死に至っても、彼の影から逃れることはできなかった。『恐るべき子供たち』の主人公は孤児の姉弟でダルジュロスが登場する場面は少ないのだが、彼のデーモニッシュな魅力はポールを虜にしたように、読者にも鮮烈な印象を焼き付ける。
 カフェ・ダルジュロスの看板は、コクトー画の、ダルジュロス像が刻まれた銅製レリーフである。コクトーのかなりミーハーなファン、『恐るべき子供たち』の愛読者である私は、初めてここに連れて来られたとき、銅板のダルジュロス像に狂喜の声をあげてしまった。
 私を誘ったヒロコちゃんは、図書館司書だから本には詳しいはずだが、コクトーにも『恐るべき子供たち』にもダルジュロスにも特に興味があるわけではなくて、単に最近できたお洒落なカフェ!ということでデートの待ち合わせ場所をここにしたらしい。

 カフェ・ダルジュロスの内装は、シックでアンティーク、そしてどこか知的な雰囲気が漂う。コクトーの原書もさりげなく置かれていて、なかなか私好みだ。コーヒーの味もなかなかだったと思うが、このカフェが存在する!ということ自体に感動していた私にとって、コーヒーの味は問題ではなかった。ヒロコちゃんは私の喜びぶりを喜んでくれたが、それで『恐るべき子供たち』に興味を抱いたわけではなく、お洒落なカフェで飲むエスプレッソの味を堪能していた。

 その後、何度か家族や友人とここを訪れたが、ダルジュロスが誰であるが知らない人々にとって、カフェ・ダルジュロスは大人っぽくてちょっと入りにくいカフェでしかなかった。知る人ぞ知るマニアックなテーマを持つテーマ・カフェは、そのテーマを理解する人にとっては憧れの対象だが、知らない人にとってはただのカフェに過ぎない。あの町にダルジュロスを知ってカフェ・ダルジュロスに入る人が一体何人いるだろうか? と考えると何だか少し残念な気がする。
 ええっ? あなたも『恐るべき子供たち』読んだことないの? ダルジュロスを知らないの?
 誰かと行く度にそんなことを言って嫌な思いをさせてしまい、自分も悲しくなる。『恐るべき子供たち』を読んでもらって、ダルジュロスの魅力を啓蒙してから連れて行くというのも面倒なので、カフェ・ダルジュロスには独りで行くことに決めた。

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2005.06.03

若き建築家のための自虐的入札の勧め

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 私の知っている限り、入札制度とは公共機関が仕事の質よりも値段の安さで業者を選ぶ制度である。不景気な時勢には、落札価格も下落し、景気の回復の足枷となる。「安かろう、悪かろう」に流れるのが自然の摂理というものだと思うが、そんなことお構いなしである。

 業者が指名されて役所に呼ばれ、または自ら出頭し、その仕事の受注額を書いて提出する。そして、最低額を提示した業者がその仕事を獲得する。つまり、安さいが勝ちのオークションであり、自ら進んでたたかれに行くという、非常にマゾキスティックな受注方法でもある。凡そノーマルな感覚の持ち主がやるべきことではない。ましてや落札するなんて。
 
 驚くべきことに、多くの自治体では、公共の建築物件においても設計業者の決定に入札制度を採用している。多くの人が利用する目立つ所に位置する重要な施設であるから、「安かろう、悪かろう」で許されるはずがない。実際、「安かろう、悪かろう」的な公共施設を目にすることが少なくないのは、入札制度のせいに他ならないと私は思う。入札制度は、日本の都市の景観を低下させる元凶である。
 
 繰り返し言うが、入札して落札するなんて、ノーマルな感覚の人間がやるべきことではない。もっと自分の仕事に誇りを持つべきだ。最安値で落札するなんて自虐的なオークションに参加してはならない。

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 しかし、ここに一つパラドックスがある。恐らく、知名度も営業力もない若手の建築家の場合、ある時期、入札で仕事を獲得するのはやむを得ない。
かくも自虐的な方法で獲得した仕事でも、新築物件であれば腕の見せどころである。役所の担当者はデザインに関してウルサク言わない。個人住宅の施主のように、建築家自身の感性からは許せないようなセンスのない要求をしてはこない。税金から与えられた予算をあずかる役人は、親子二代ローンを組んで一生その建物のために働く運命になる個人住宅の施主ほど、その建物に執着を持たない。きっと、建築家の提案はほとんど受け入れられるし、デザインは自由だ。ついでに言えば、土日祝日の打ち合わせもない。

 受注額が低くても、ここで妥協してはならない。自分の作品を世に残す機会を最大限に利用しなくてはならない。公共施設の立地は良いはずだ。多くの人々に見てもらって、利用してもらって、評価してもらえる好機である。役所の与件に応えるだけではなく、自分のセンスやコンセプトを効果的にアピールできる作品を残せるよう、時間をかけても最良の作品を設計するべきである。

 こうした時期を経て(不景気の今、案外長いかも知れない)、修行を重ねるうちに、やがて認められる日が来る、依頼が相次ぐ建築家に成長すると信じたい。

*写真は入札物件である大和市スポーツセンター カフェテリア「みなみ風」
 設計:(有)相原聰建築設計事務所


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2005.03.09

段葛 早咲き桜   春. 2005 鎌倉 

 聖堂でお祈りを済ませた後、若宮大路に繰り出した。
 
 段葛の桜並木にまだ花の気配はない。三月上旬だから当然だ。従って、人もいない。閑散としたものであるが、私には清清しい。
  
 桜は好き。でも、人ごみは嫌い。だからお花見は苦手。
 開花すると、この道も花見客で賑わうのだろう。お花見をするなら、誰も来ない時間帯にしたい。しかし、そんな時間に出歩くのはたぶん私も無理。

 ということで、人通りのないこの日、妄想お花見を試みた。妄想力を発揮して、枝だけの桜に満開の花を幻視する。あるいは人ごみの中、桜を楽しむ努力をするより、た易いのかも知れない。満開の桜、風に舞い散る花びらをイメージしながら、私は段葛を闊歩した。

 少し歩いたところで、私は足を止めた。これは、桜?
 何ともう花開いている桜を見つけたのだ。桜並木の立派な木々の脇にひっそり伸びた小さな若木。しかし、確かに花をつけている。梅か桃を見間違えたのかも知れない。しかし、妄想中の私にとっては、紛れもなく桜だった。リアルな桜だった。少しばかりの小さな花。それで私には十分だった。

 思いがけず出逢った早咲きの桜が、先ほど聖堂で祈ったことの幸先の良さを伝えてくれたような気がして、私は誰も通らないこの並木道を満面の笑みを浮かべながら闊歩したのだった。


    

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2005.02.21

幻了童女たちのレゾンデートル(再掲)

syakeigenryou 古寺を訪れた。
 本堂の前に新築された壇信徒会館は、古寺の格式と伝統を継承しながらも、斬新さもあるデザインの中に、新しい芸術の息吹を感じさせてくれる、すばらしい建築作品である。

 この会館を設計した建築家と造園家に案内されて、建物と庭園を見学した。
 中庭に続く斜面に、数体の可愛らしい石仏があるのを私は見逃さなかった。高さ数十センチほどの小さな石像である。「幻了童女」の文字が刻まれている。「元禄」、「享保」、「安政」といった年代も刻まれており、長い年月の風雪に耐えてきた像であることがわかる。
 石仏達は、慎ましさの中にもある種の光輝を放ち、そこに在った。何を主張するでもなく、ただ庭園の斜面に在り、何を見るともなく、ただ微笑を浮かべていた。あるいは無表情なのかも知れないが、早春の午後の光の中、私には微笑んでいるように見えた。

genryou2 造園家にこの石像達のことを話してみると、斜めから見た方が表情がいいので、そのように置いてみたとのことだ。聞けば、このような石仏は墓地の裏にいくつも「転がって」いるとのこと。
 もったいないと私は思った。
 これらの小さな石仏は、歴史的、美術的な価値を公式に認定されているわけではないが、芸術作品としてはすばらしい出来のものである。しかも、享保年代に作られたものとあれば、骨董品的価値は十分だ。行ってみれば確かに、墓地の裏に「転がっている」もの、うつ伏せにされて重ねられているもの、埋まっているもの等が何体もあった。どれも鼻や指などが欠損して、ひどく損傷している。見るも哀れな姿だ。

 気の毒だしもったいないので、持ち帰ってうちの庭に置いて、修復して、私が毎日愛でて拝みたい。
 そんなことを考えてみたが、さらに造園家の話を聞けば、これらの石仏は、亡くなった子供の慰霊のために、墓の側に置かれたものらしい。「幻了童子」は男の子のために、「幻了童女」は女の子のために、亡き子の墓に寄りそうように置かれていた。享保など、飢饉のあった時代のものが、より多く見られるという。
 その話を聞いたとたん、持ち帰って自分の庭に、などという考えは潔く取り下げる気になった。そんな深い思いの込められたものを自分の庭の飾りものにするなんて、できない。
 墓碑は散逸し、土葬の遺体は土と化し、霊は成仏しても、かつてこの地に生きた子らの存在の証として、石仏達はここに在る。ここにとどまる霊は、慰霊がいつまでも必要な子の霊なのかも知れない。

 幻了童子、幻了童女の石像達は、粗末に放置されて、苔むして、いつか朽ち果てようとも、この地を故郷として生き夭折した子らのために、ずっとここに在るべきなのだ。それが幻了童女たちのレゾンデートル(存在意義)なのだから。

*この文章は、2004.03.26に掲載の記事に改訂を加え、2005.2.20撮影の写真を追加したものです。

   

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2004.06.13

高い所に住む人々の日々の葛藤について(2)

 高層マンションの側を通るたびに、私は妙な感慨を覚える。
 かくも多くの人が、今すぐ飛び降りて死んでしまいたいという、死への衝動や憧れと、闘いながら生きているのだ! そして、かくも多くの人が、理性と凄まじい忍耐によって、日々、その闘いに勝利をおさめている!
 今もまさに、4階よりも高い所に住んでいる誰かの内面で、凄まじい葛藤が行われている。ベランダから跳び出せば、確実に、死ねる。リストカットよりも、オーヴァードウズよりも、首吊りよりも、ガスの使用よりも、確実に。一歩跳び出せば、しくじることは決してない。
 けれども、そうしない。死への衝動に、理性が打ち勝つから。
 20階以上の高層マンションが建ち並ぶ街を見上げて歩きながら、いつも私は、言いようのない感慨を覚える。そこに日々暮らす人々の理性の崇高さに、生へ戻り執着するヒトの本能に。


 と、私は書いた(2004.05.06)。

 しかし、「4階よりも高い所に……」の箇所が誤記である
 と認めざるを得ない事件が起こった。

 何の根拠もなしに、「4階」と私は書いたが、「9階」と書き換えるべきなのかもしれない。
 現に、窪塚洋介さんは9階から転落して、「全治3ヶ月」とのことだ。
 
 他にも、ジョニー大倉さんは「懸垂」に失敗して7階から転落したことが
 あるが、やはり怪我だけだったとか。

 前に書いた小説で、主人公が3階から転落して怪我したというエピソードがあるが
 もっと高い所から落ちた設定にしてもよかったかも。
 *『ドラッグ・ホリデー2 ジャンプ!』Part8

 高いところから落ちて致死しなかった最高記録というのを知りたい。
 どなたかご存知ありませんか?

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2004.05.18

鳥たち

 マリンタワー4階のバードピアにいるのは、性格のいい鳥ばかり。
 サイチョウ 飼いたい。

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マリンタワーより臨む

 この季節、高いところから眺めたいのは、海の青のグラデーションよりも、
 公園の緑のヴァリエーション。
 

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2004.05.16

ヨコハマ撮影旅行記

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 2004年5月14~15日、横浜のホテル・ニューグランドで一泊してきました。
 自宅から1時間もかけずに行ける所ですが、泊まるとまた新鮮です。
 せっかくだから撮らなきゃ損!と、山下公園~みなとみらいのミーハーな観光スポットをうろうろして、気に入った風景を撮影してきました。と言っても、一眼レフカメラではなくて、携帯電話のお手軽カメラです。
 お手軽なので、手当たり次第に撮っていたら、すごい数になってすぐにメモリーオーバー。自分にメール→画像削除を繰り返しても、追いつかない。やっぱりあたしってマニアック?
 書くことはちょっとお休みして、膨大な数の画像を、何日かかけてテーマ別にアップしていきます。見てね。

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朝のパティオ

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