2004.06.21

ああ、おもしろしかった!

 『フランチェスコの泉 第一章』 終わりました~。ふう~~~
 というか、ああ、おもしろかった!

 ご愛読くださったみなさま、ありがとうございました!
 (どなたもご愛読じゃないかも…… 
  ご愛読の方、いらっしゃいましたら手をあげてください)

 もっと沖縄色を出したいと思いつつ まだまだなので
 未完成品ですが、このまま置いておきますので
 まだの方は今からでもどうぞ! カトリック系全寮生男子校が舞台で、
 成績優秀品行方正容姿端麗な生徒会長が主人公の
 古典的な(?)お話です。今までの私の小説とはちょっと毛色が
 ちがうかも(……そうでもない?)。

 第二章へ といきたいところですが、大真面目にレアリスムを追求するあまり、
 必然的に18禁な描写に突入する恐れがあり(今のとこ大丈夫ですよね?)、そうしたら 
 「18歳以上ですか? Yes/No」からリンクする別ファイルを用意する必要がでてくるので
 ちょっとめんどくさいので アップは当面 中断します。
 18禁対応ブログなんてないですよね?
 とりあえず 短編小説が中途半端のまま終わってしまったような 
 後味悪い余韻を残しつつ 他のことを進めていきますが、お許しください。

 取材不足のまま勢いだけで書いてしまいましたので、この第一章も、
 じっくり調べながら、書き直したり書き加えたりしていくつもりです。
 引き続き ブレーン募集していますので、どなたか手をあげてくださいませ。
 特に、次のような情報を求めています。

 ●沖縄について
   方言、栽培しやすいハーブ、気候、本島山間部の雰囲気、交通、植物、
   2001年頃の流行、その他何でも・・・
 ●カトリック系の学校のこと  いろいろ
 ●高校生の男のコのこと いろいろ

 さて、せっかく勢いがついてきたので
 本題の小説 『アドレッセンス』 の方を続けます。

 『けんちゃんと流星急行』 もこちらで続けていきます。

 思いつくまま同時進行してしまうタイプなので 色々中断しておりましたが
 自分の中ではちゃんと続いていますので、ちゃんと続けてアップしていきたいと
 思います。

 これからも、小説メインで、書評、レビュー、たまには近況雑記なども
 交えながら 書き急いでいきますので どうぞお愉しみに!


    
 

 

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フランチェスコの泉 (15)

 それから琉璃也は、直樹が眠るのの邪魔にならないように、一人で静かに遊んでいた。
 しばらくイヤホンをつけてゲームボーイをしていたが、すぐに飽きてやめてしまった。その後、モバイルパソコンにPHSをつないで、インターネットで色々やっていたようだが、それも長く続かなかった。ゲームボーイ機を持ち込むのは禁止だったし、自習室以外でインターネット接続をするのも禁止だったが、琉璃也はうまくやっていた。
「ナオ、もう寝た?」
 返事がない。だから琉璃也も自分のベッドに入ることにした。
 しかし、直樹はまだ眠ってはいなかった。
 どうしよう? ハルシオンを飲んだのに眠れない。
 1錠で眠れるはずなのに、眠くならないから、もう1錠飲んだ。それなのに、眠気がやってくる気配もない。
 痛い、痛い。背中が疼く。いや、この痛みこそが自分が望んだものだ。まだ足りないくらいだ。自分をもっと痛めつけたい、辱めたい。それが直樹の望みだった。琉璃也とのことも、その手段でしかない。たぶん。俺は卑怯だ。穢れている……。
 直樹はうつ伏せたまま、嗚咽がこみあげてくるのを必死で抑えていた。琉璃也に聞かれてはならない。
 重苦しい沈黙の時間を眠れないまま過ごすのは耐えがたかった。しかし、その静寂はそれほど長くは続かなかった。
「ナオ、ナオ、ナオ……」
 上段のベッドから、琉璃也の声が漏れ聞こえてきた。泣いているのかと思ったが、そうではないらしい。琉璃也の声には激しい吐息が混ざり、ベッドは時折振動した。
 琉璃也の声は次第に激しくなり、
「あぁ、ああ……」
 と、悶えるような声も混じった。
 琉璃也が何をしているのかわかったとき、直樹は恥ずかしくて逃げ出したくなったが、寝たふりを続けないわけにはいかなかった。
 やがて、琉璃也は、深いため息とともに感嘆したような叫び声をあげると、それを終えて眠りに入った。
 直樹はまだ眠れない。何故だかとても惨めだった。その人の名を呼びながら琉璃也のようにやってみれば、眠れるのかも知れない。しかし、直樹はそうすることでさえ、理性で抑えてしまう。そんな自分が嫌いだった。せめて、名前だけでも声に出して呼んでみたいと思いながら、それも理性で抑えてしまった。しかし、心の中では幾度も、幾度もその名を呼び叫んでいた。
                                            第一章 完
 

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2004.06.08

フランチェスコの泉 (14)

 しかし、琉璃也はそれ以上、何も言わなかった。
 琉璃也はけっして無理強いはしない。相手に被害者意識をもたせるようなやり方は、けっしてしない。
 いつも相手に加害者としての自覚、罪の意識を感じさせるように仕向けるのが、琉璃也のやり方だ。
 誰かに被害者として訴え出られたら、確実に退学処分になる。
 だから琉璃也は、いつも巧妙に、被害者である自分を演出していた。
 朝、塗れたシーツに血が混ざることがある。それは大抵の場合、擦り傷のかさぶたを剥がしたり、針やカッターナイフで自分の皮膚を少しだけ傷つけて、わざと流した血だった。直樹は既にそれに気づいていた。
                                       (つづく)

*誠に申し訳ありません。もうすぐ第一章終わりますので……

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2004.06.06

フランチェスコの泉 (13)

 寮監の点検を受け、22時の消灯時間を過ぎても、寮生達がそのまま就寝することはめったにない。
 自習灯をつけて部屋で勉強することは認められているし、違う部屋の者が訪ねてくることは規則違反だが、暗黙の許可事項として見逃されていた。
 高等部の寮には、二人部屋と六人部屋がある。壁際に船室を思わせる二段ベッドと机が並べられたシンプルで清潔な部屋で、空調も完備されている。寮費が安くないだけに待遇は悪くない。
 直樹はいつも二人部屋に入れられ、問題のある生徒の面倒をみる役目をやらされていた。六人部屋では夜の行き来が激しく、秘密のお茶会(と言っても、集まってジュースや菓子や砂糖きびを持ち寄っておしゃべりをするだけだが)が毎日のように行われていた。
 直樹と琉璃也の部屋は、六人部屋から行くには、寮監の部屋の前を通るという危険を冒さねばならず、スリルを味わってやって来る者もいたが、毎晩ではなかった。
 琉璃也は時々、夜ふらりと部屋を出て行って、なかなか帰って来ないこともあったが、ここ数日間はずっと部屋にいる。それで李が心配したのだろう。


「え? もう寝ちゃうの?」
「今夜はつかれてるんだ」
「ハルシオン、飲んだの?」
「いや」
「ボクに飲ませてもムダだよ。効かないんだ。前に同室だった奴に飲ませられたことがある。でも、全然眠くならなかった」
 それは李のことだろうか? 琉璃也を眠らせて逃れようとしたが、効かなかったので、自分が飲んで寝ることにしたのだろうか? 他人に入眠剤を盛るなんて、そんなことを李がするだろうか?
「調子が悪いから、もう休む」
 琉璃也は、直樹のベッドの縁に座り、
「だめ?」
 と聞いた。
「今日はもう寝る」
 ハルシオンが効いて、そのうち熟睡できるのだという確信があるので、きっぱりと拒絶することができる。
 直樹は、すっぽり肌布団を掛けたまま、うつ伏せになって、もう眠るばかりになっていた。全く手当てをしていない傷がズキズキと腫れてきたので、とても背を下にしては眠れない。
「ひどいよ、ナオ。ゆうべも、その前も、その前も、あんなに、あんなに・・・・・・。今さらボクが、キミなしで寝られると思う?」
                                         (つづく)

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2004.06.01

フランチェスコの泉 (12)

 硝子戸を開けてやると、琉璃也が入ってきて、いきなり直樹の胸にもたれかかってきた。
 体が熱い。また酒でも飲んできたのかと思ったが、酒臭さはない。それどころかとてもいい香りがする。琉璃也は昨夜と同じ香水をつけている。妙な気分にさせる危険な媚薬。昼間、李に聞いた話によると、この香りの罠に落ちたのは自分だけではないらしい。
「ナオ、ナオ・・・・・・」
 とあだ名で呼びながら、琉璃也は両腕を直樹の背にまわして、きつく抱きしめた。
 その手がちょうど痛むところを圧迫したので、直樹は、反射的に琉璃也を突き飛ばしてしまった。
「あっ・・・・・・」
 琉璃也は、大袈裟によろめいて、床にくず折れた。大きな物音はたてないように要領良くやったので、隣室の者が様子を見に来たりはしない。しかし、直樹を慌てさせるには十分だった。
「すまない」
 直樹ははっとして、琉璃也をすぐに助け起こしてやった。
 琉璃也は、潤んだ目でじっと直樹を見つめて、言った。
「ひどいよ、ナオ。キミらしくない」
 琉璃也の大きな目には、大粒の涙が光り、濡れた長い睫毛に縁取られた瞳は、いっそう美しく輝いていた。それを琉璃也は知っていた。琉璃也は、涙を流したいときに流すことができる。この特技は、特に同室の者との人間関係において、効果的に使われる。それを直樹は知っていた。そして、そんな琉璃也がきらいだった。
「ひどいよ・・・・・・まるで、アキヒトくんみたいだ。おかしいよ。昼間なにかあったの?」
「なんでもない」
「何かあったなら、ボクに言えばいい。ボクだけは、キミをすべて受け入れる。心も、からだも・・・・・・」
 技巧的な甘い声でこんなことを言う琉璃也がきらいだ。しかし、それに頷いて応える自分の方がもっときらいだ。
 直樹は、机の上に並べた青い菱形の錠剤を、琉璃也に見られないうちにそっと片付けてしまおうとしたが、琉璃也は見逃さなかった。
「ハルシオン? へえ、キミも持ってるんだ。言っとくけど、それ全部飲んでも、自殺なんてできないよ。致死量は600万錠。嘘じゃないよ。前に同室だった奴が言ってた」
                                  (つづく)

*スミマセン。(遠野)

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フランチェスコの泉 (11)

 間もなく消灯時間だ。 琉璃也はまだ戻らない。
 直樹は、李にもらった薬袋からハルシオンを出して、自分の名前が書いてある薬袋に移した。李の名がある薬袋は破って捨てた。自分に処方された薬を他人に与えるのは、確かに薬事法違反に相当するのだろう。でも、これで証拠隠滅。自分に何かあっても、彼に責が及ぶことはない。
 せっかくだから、今夜はこれを服用して、眠ることにしよう。宿題は済んだし、予習も復習も万全だ。
 寮監の点検を受けるのは10分後、それが終わったらすぐに飲もう。
 琉璃也を避けるため、というより、背中が疼いて眠れそうにないから。
 背中に打たれた痕があることは、誰にも、琉璃也にも知られてはならない。早坂先生の名誉のためにも。
 それにしても、ハルシオンが増量になるとは夢にも思わなかった。何錠あるんだ? 全部飲んだら死ねるのだろうか?
 直樹が机の上で錠剤の数を数えていると、窓をコツコトたたく音がした。
 琉璃也が帰ってきた。
                               (つづく)

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2004.05.31

フランチェスコの泉 (10)

「リー?」
「はっきり言って、軽度発達障害の奴より、お前のほうが心配だ。成績優秀、品行方正な生徒会長のお前が。俺もかっこつけてる方だけど、そろそろ限界だよ。お前は、大丈夫なのか? たまにはハメを外せよ。泣きついてこいよ」
「心配してくれて、ありがとう」
 直樹は、李に微笑みかけた。
「これからは、何かあったら、ぼくもきみに打ち明けることにするよ。きみは頼りになるから」 
「嘘言え」
 李は、直樹の聖人のように端正な顔を殴ってやりたくなった。
 直樹は、自分の偽善的な物言いが嫌いだった。吐き気がするほど嫌いだった。この調子でもっと喋って、殴られてしまいたいと思った。
 しかし、李は直樹を殴らなかったし、直樹もそれ以上言うのはやめた。傷つけたくなかったので、理性で抑えた。それが彼らの友情だった。
「必要ないかも知れないが、これは持っておけよ」
 李は、先ほど見せた錠剤の袋を、直樹に持たせた。
「1回1錠だ。いつか、役に立つかもしれない。琉璃也が誘惑してきたら、飲むんだ。何日かそうして逃げていれば、そのうちあきらめる」
「うん、わかった。もらっておく」
直樹は、李一周と名前の書かれた薬の袋を受け取って
「ありがとう」
 と、微笑んだ。
「じゃあな」
 李はもう言うことはないというふうに、立ち去った。これ以上、直樹の微笑を見ていると、本当に殴ってしまいそうだったので。
 ハルシオン? そう、1回1錠。全部飲んでも致死量には至らない……。お前なら悪用することはないだろう……。そう言われて処方された。もらわなくても自分のがある。しかし、そういうときに飲めばいいとは思いつかなかった。やっぱり李は頭がいい。自分は、馬鹿だ。しかし、二人分を合わせたら、致死量を満たすかも知れない。それは直樹にとって、ある意味、甘美なことだった。
 合唱部のモーツァルトはクライマックスを迎え、白鳥君のソロの透明な美しさが、直樹の鬱屈した気分を少しだけ浄化させてくれた。それは脳裏に時折甦るあの声の響きにそれほど似てはいなかったが、思い出させるのには十分だった。


「アキヒトくんが倒れたんです!」
 李の次にやって来たのは、バンビだった。フランチェスコの泉の前で至福の音楽を愉しむ時間は、またもや遮られてしまった。
「とにかく、一緒に診療所に来てください」
 自分が行ってどうなるものでもないと思ったが、直樹は言われるままに同行した。
「あれ? ここで寝てるって聞いたんですけど」 
 風邪が流行っていたので、そこに寝かされている要看護状態の生徒は、一人ではなかった。バンビはアキヒトくんが探せなかったが、直樹にはすぐわかった。
 アキヒトくんは眼鏡を外して、ぐっすり眠っていた。天使のような寝顔だ。隣でうなされている中等部の少年よりも幼く見える。
「え? これがアキヒトくん? わかんなかった」
 バンビが驚くのも無理はない。アキヒトくんは、眼鏡を外せば美少年というタイプで、眼鏡をかけたときと外したときとで別人のように見える。
 ドクターの話によると、ここ数日、夕食を食べてないので、栄養不足、スタミナ不足といったところらしい。胃は大丈夫だから、とにかく食べさせればいいということだ。
「今日の夕食のメニューは?」
「カレーです。ミントが調理奉仕の当番だから、たぶん、ハーブカレー。今週はハーブ味ばっかで、もうあきちゃった」
 ハーブ味? それで直樹はピンときた。
「厨房に一緒に来て」
「アキヒトくんは?」
「大丈夫。もう少し寝ていてもらおう。どうせ彼はこの時間、毎日寝てるだろう?」
 そういえばそうだと、ハンビも納得した。
 直樹の察するところ、アキヒトくんには何らかの睡眠障害があって、眠るべきでない時間に寝てしまうことが少なくない。特に、夕食前の時間、彼はいつも図書室や自習室で机に突っ伏して寝ている。


 厨房に行くと、調理の真っ最中だった。直樹とバンビも白い割烹着と三角巾を着けて、調理奉仕の当番達のところへ行った。
「何だ? 生徒会長の抜き打ち検査か?」
 班長の高等部3年生が言った。
 生徒会と自治会の役員は、高等部2年までが務めるが、中高一貫の縦割りグループで構成される奉仕班の班長は、高等部3年生が受け持つことになっている。奉仕班は、調理、清掃、図書管理等から選ぶことができ、専門家の指導のもと職業訓練を受けながら、全校生徒に奉仕をするというものであり、1週間交替で当番が回ってくる。
 調理奉仕班を指導するのは、パリの三ツ星レストランで料理長をしていたというダンディーな男で、「シェフ」と呼ばれて慕われている。毎日、マイクロバスで通勤してくる栄養士や調理師のおばさん達にも手ほどきを受けながら、楽しく、しかし本格的に料理を学ぶことができる。卒業後、シェフに紹介状を書いてもらってパリの料理学校に留学する者もあった。毎日のメニューはシェフが決めるが、木曜日だけは奉仕班に任せられることになっている。
 その日も木曜日だった。シェフは外部で講演する仕事に出かけており、采配は栄養士のおばさんに任せられていたが、実際、調理奉仕班の班長のリーダーシップで進められていた。
 直樹は、早速ミントに聞いてみた。
「ハーブはどの段階で入れるの?」
「最後です。煮詰めるとき」
 ローズマリーの葉を刻みながら、ミントが答えた。
「別鍋に、ハーブを入れないのをつくってくれない?」
「いいですけど、フツーのバーモントカレーになっちゃいますよ」
「アキヒトくんがハーブが苦手でね。味覚過敏とこだわりで、どうしてもだめなんだ。それで毎食パスしてたら、スタミナ不足で倒れちゃった。食べれば元気になるそうだ。ね、頼むよ」
「わかりました」
 生徒会室で「アスペルガー症候群」の話をしたばかりだったので、ミントはすぐに承知した。
 しかし、班長はなかなか承知できないようだった。
「わかんないなあ。好き嫌いとか、ワガママとかいったレベルだろう? 一人のためにわざわざそんな面倒なことができるかよ? 腹減ってるなら、味がどうのこうのとか言わず、食えばいいんだよ」
「そこを何とか、島袋先輩」
 バンビが頭を下げた。
 島袋先輩は、長年、ラグビー部で活躍してきた男で、運動部で鍛え上げられた体力と精神力で、調理奉仕班の後輩達を圧倒していた。
「あいつは、昨日も、一昨日も、ミントが考えたのハーブ料理を一口だけ食って残しやがった。パリのレストランでも通用すると、シェフにも誉められた本格料理なのに。今日の昼のハーブ煮込みブイヤベースは見ただけでパスだとよ。ぶっ倒れて当然だ」
 島袋先輩は、カレーの湯気のたつ大鍋からアクをとりながら、言った。割烹着も三角巾も、滑稽なほどに似合わない。
「マズイなんて言ってましたよ」
 当番の中等部生が言った。
「何? それは許せん。今日残したら殴ってやる。まったく、障害児じゃあるまいし、一人のワガママにつきあっていられるか?!」
 厨房の、大鍋の側の暑さが、島袋先輩の不機嫌を煽った。
「じゃ、もし、彼が障害児だったら?」
 バンビが反論した。<ねえ、そうですよね?>というふうに直樹の方を見ると、直樹は<そんなことを言ってはだめだ>というふうに首を横に振った。それでバンビは、先ほど生徒会室で、精神科医でもないのに、勝手に他人の病名を憶測して口にすべきではないという意味のことを言われたのを思い出した。
「まあ、いいじゃないですか? ぼくは気にしませんよ」
 そう言いながらミントは、早速玉杓子を持ってきて、もう出来上がっている「普通のバーモントカレー」を、大鍋からもっと小さい鍋に移し入れた。
「大した手間じゃないし、いいじゃないですか。これ、彼の分ね」
「ありがとう」
 直樹は、ミントに礼を言った。そして、
「ありがとうございます」
 と、島袋先輩に深々と頭を下げた。その態度がいかにも運動部風に礼儀正しいのが、島袋先輩の気に入った。
「ま、ミントがいいと言うなら今回はよしとしよう。そのかわり、これでもマズイなんて言ったら、本当に根性たたき直してやるぞ。しっかり指導しておけよ、生徒会長」
「了解しました」


 夕食時にはすっかり目も覚めたアキヒトくんが、バンビに連れられて寮食堂にやってきた。
 食堂中にたちこめるハーブカレーの香りがイヤだと言ったが、<まあまあ……>とバンビに促されて、配膳台から一番遠い席に座った。すぐに、ミントが<倒れちゃった人には特別サービス>と、「普通のバーモントカレー」を運んできた。
「ぼくも、ちょっとこだわりすぎてたよね。ハーブに。体にいいのは確かだけど、食べれない人がいるのに、毎食ハーブ料理はひどかった。ごめんね」
 ミントは、アキヒトくんをじっと見て、言った。じっと見られるのが苦手なアキヒトくんは、その視線を避けた。そして、決められた通りに食前のお祈りをすると、早速食べ始めた。<ごめんね>を無視されてちょっと悲しかったが、その食べっぷりに、ミントは満足した。
「ぼくだって飽きちゃったよ。1週間、ぶっ続けでハーブ味なんて」
 バンビが言った。
「とにかく、ハーブ抜きカレーを用意するなんて簡単なことだから、言ってくれたらいい。他にも色々あるなら、言っておいたほうがいいよ」
「そうだね。今回はナオ先輩が気づいてくれたからよかったけど、言ってくれなきゃわかんないこともある。ちょっとしたことで倒れずに済むなら、何だってしてあげられるんだから」
 それにしても、ナオ先輩はすごい。と、ミントもバンビも思った。
 アキヒトくんは何も答えず、無心で「普通のバーモントカレー」を食べ続けていた。そして、あっという間に3皿たいらげ、すっかり回復した。
 事の顛末をシェフに報告したのは生徒会長だった。日誌に記録され、反省事項に<今後、ハーブ料理の場合、高等部1年の高村章仁には「ハーブ抜き」を用意すること>と注記事項が付けられた。
                                           (つづく)

    

                                 (つづく)

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2004.05.30

フランチェスコの泉 (9)

 うな垂れる李に、直樹は努めて優しく話しかけた。
「そうだよ」
李は、開き直ったようにはっきりと言った。
「言っちまいたかったんだよ、お前に」
「ぼくに?」
「お前なら、信用できる。お前なら、誰にも言わない」
「早坂先生のカウンセリングもあるだろう?」
「言えないよ。学院長に報告でもされたらどうするんだ?」
「それはないと思うけど」
「お前だけだ、ナオ。他には誰も信用できない」
「言わないよ、誰にも」


 転校してきたとき、同室になり、色々と世話を焼いてくれたのは李だった。李は要領よく学院生活、寮生活を楽しんでおり、その技術を伝授してくれた。転校したての頃、同級生たちは、両親ともに沖縄在住で、何の障害もない直樹を軽んじるような扱いをすることもあったが、李はちがった。
 ある夜、二人の部屋に朴という上級生が入ってきて、韓国語で李に話しかけていた。李はふざけた口調で、
―Hey, Mr.Park,
と、英語で答えた。その後、流暢な英語で喋ったことが気に触ったらしく、朴先輩はいきなり李を殴りつけた。直樹が止める間もなく、朴先輩は李を三発殴って出ていった。
 直樹は、ベッドで失神しいている李の顔と頭を冷やして手当てしてやった。意識が戻ると、李は言った。
「いいか、今見たこと、聞いたこと、誰にも言わないでくれないか? 俺が悪いんだ」
「うん、約束する」
今日に至るまでその約束は守られている。実は、誰かに言うも何も、そのとき李が言ったことは英語が流暢すぎて聞き取れなかったのだが、このときを契機に、李は直樹により親身に接してくれるようになった。


「俺には、お前だけなんだ」
と、李は、上品な顔立ちに映える切れ長の目をじっと直樹に向けて、言った。
 直樹はその目を避けることなく、慈悲深く受容した。その態度が李には気に入らなかった。
「でも、ナオ、お前はどうだ? お前はちがうんだろう? お前は誰にも甘えてこない。決して誰にも弱みを見せない。大丈夫なのか? お前はときどき、アキヒトくんよりつらそうだ」
             (つづく)

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2004.05.28

フランチェスコの泉 (8)

 李は、直樹の顔がまともに見られなくて噴水<フランチェスコの泉>に目をやったまま、続けた。直樹も、きらきら輝く水を眺めたまま、聞いてやった。
「あいつの噂は聞いていたから、被害者が増えないように、去年は俺が同室を買って出た。それなのに情けないよな、結局、誘惑にのってしまった。バカだよ、俺は。
言っとくけど、本当に一度だけだからな。その後、どうやってやり過ごしたと思う? これだよ」
 李は、ポケットから錠剤を出して見せた。
「ハルシオン。眠剤だ。眠ってしまえば、こっちがその気にならなければ、何も起こらない。あいつはそっちのタイプだから。だから、そうなる前に寝てしまうことにした。もう必要ないから、ナオ、お前にやろう。薬事法違反だけど、お前なら濫用することなんてあるまいし、全部飲んだとしても致死量にはならない」
「いらないよ。言っとくけど、ぼくは瑠璃矢と何もないよ」
「本当か?」
「本当だよ。確かに今日は体調が悪いが、それだけだ」
「本当に、それだけなのか?」
「それだけだ」 
 直樹は断言した。
「何だ、それじゃあ、何も俺が自分のことなんて話す必要はなかったんだ。何だよ、損した」
 そう言って李は、足元に落ちていた小石を拾って、<フランチェスコの泉>に投げ入れた。二人は立ち上がって、水面に波紋が広がるのを見た。
「バカみたいだ、俺」
 と言って、李は<フランチェスコの泉>の縁石に座った。直樹も隣に腰をおろした。
「ねえ、リー、誰かに言ってしまって楽になりたかったのは、きみの方なんじゃないの?」
                                            (つづく)

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2004.05.27

フランチェスコの泉 (7)

「言ってることがわからないよ、リー」
「自治会長には生徒会長にはない権限があって、部屋割り案を提出することができる。琉璃也の同室希望者に、お前の名が書かれていた。それで、希望を通してしまった。悪かった。俺が引きうければよかったんだ」
「僕は同室希望者の欄を未記入で提出した。だから、誰と同室になろうと、自治会長を恨んだりはしない」
「あいつと同室になって、何もなかった者は今までに一人もいないんだ。去年は俺が同室だった」
「え?」
 直樹は、信じられないというふうに、李の顔を見た。李は顔を背けた。
「誰にも言うな。一度だけ、たった一度だけだ」
                                 (つづく)

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